春と夏のあいだに (Page 2)

結局、最寄りの駅までに彼が乗り込んでくることも、降りていくこともないまま、俺はいつものように最寄りの改札をすり抜けることになってしまった。

駅前の飲み屋、立ち飲みしているサラリーマンの姿を横目に、家路へと急ぐ。同じ駅だったらな、そんなわけないけれど。彼への未練たらたらなまま、酒でも買って帰ろうと足を踏み入れたコンビニの入り口。そこで、奇跡は起きた。

「あれ…?朝の…」

「え…?」

思っていたよりも少し低めの声。
間違いなくそこに立っていたのは朝電車で見かけた彼だった。
コンビニの袋にたくさんのチューハイとつまみを買って、コンビニから出てくるところで偶然にすれ違った。

「この辺に住んでるの?」

「あ…ええ、まぁ」

朝会った時よりも少し着崩れたスーツに目をやり、顔を覗き込んでくる彼と目を合わせないようにした。
なんだか気恥しい気がして、思わず顔を逸らした。
彼はそんなこと、気にも留めない様子で俺の隣に立ち、腰のあたりに手を回してくる。

「ちょうどよかった。飲み会なくなって暇だから、一緒に飲まない?」

満面の笑みで顔を覗き込むその様子に、俺は断ることもできず、条件反射的に首を縦に振った。
彼はよし、と小さくつぶやいて、俺の手首を取り、夜の街へと誘った。

「ここ、俺のマンション。広いでしょ」

駅近に新しく建った分譲マンション。俺はそのエントランスで固まっていた。彼によると、引っ越してきたのはつい最近。
どうせ住むならと、思い切ってマンションを購入したらしい。
話を聞く限り、なかなかの財力の持ち主のようだ。歳は俺より上。次の春で30になる。恋人はなし、作る予定もない。
今は仕事が恋人だなんて、ワーカーホリックのテンプレートみたいな話を聞かされた。

「で、名前は?なんていうの?」

オートロックのエントランスを潜り抜けて、高級感あふれるエレベーターに乗り込む。ネクタイを緩めながら、彼が俺に尋ねた。

「…中島、です」

「違うよちがーう、あのね。仕事じゃないんだから。苗字じゃなくって、下の名前」

「ああ…えっと、夏輝です」

名前を聞いた彼が、驚いた様子でこちらを見る。なんですか、と聞くと嬉しそうな表情。

「俺はね、ハルキ。春と夏じゃん、なんか運命感じちゃった」

言い終わるころ、エレベーターのドアが開く。長い廊下、エレベーターから数えて、3つ目の部屋。ハルキさんがカードキーをかざして、玄関が開く。

「ゆっくりしてってね、ナツキ」

色気を含んだその表情に、不覚にも胸が高鳴る。ハルキさんがスーツのジャケットを脱ぐのが目に入って、俺は思わず生唾を飲み込んでしまった。

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