竜宮北別館は男の花園!?~世話焼き乙彦の家臣仲人計画~

・作

司書である磯浦は、浦島太郎のラストに納得できずにいた。閉館間際。手にしていた絵本が光り出し…気づけば『貴方様に助けられた』と礼を言う海亀、亀之助の背に乗っているではないか。彼に案内されたのは、主も家臣も男色である“竜宮北別館”。自身がこの世界に呼び寄せられたのは、恋人がいないまま無精卵を産み続ける亀之助のせいであったことを知り――!?

「むかーし、むかし、あるところに…浦島太郎という名前の漁師がいました。浦島が浜辺を歩いていると、騒ぎ声が聞こえます。近寄ってると――1匹の大きな亀が子供たちに囲まれているではありませんか!」

 司書として働く俺、磯浦興太郎(いそうらきょうたろう)の楽しみは毎月第2土曜日、児童向けに行う絵本の読み聞かせ会である。

 ページを開く先には、複数人の子供に囲まれ石を投げつけられる亀の姿。このあとの展開はお決まりの通りで、颯爽と登場した浦島が子供たちを諭すと、弱った亀に駆け寄り…その甲羅を労わってくれる。こうして浦島太郎によって救われた亀は『お礼がしたい』と彼を自身の背に乗せ、美しい乙姫様の待つ竜宮城へ案内するのだ。

(浦島太郎って最後が報われねぇから…しんみりしちまったな)

 閉館間際。読み聞かせに使用した“浦島太郎”を取り出し、物思いに耽っていると――。

「えっ…う、うわぁあッ!!」

 開いたページが突然光を放ち、俺の身体を包み込んだのである。

*****

「…このたびは助けていただきまして、ありがとうございました。貴方様のようなお優しい方と出会えた私は幸せ者です」

 一体どうなったというのだろう。真下から柔らかな声が聞こえてきた。

(絵本が光って…それから…)

 尻の下にある岩のようなゴツゴツとした感触に慌てふためき、助けを求めようとするのだが…周囲は青く淀(よど)み、居場所が特定できない。口からブクブクと白い泡だけが上がっていくではないか。

「磯浦様。これから長旅となりますが――竜宮に着いた際には財の尽くす限り盛大におもてなしいたしますね」

(竜宮って…もしかして俺が乗っているコイツ…亀なのか!?)

 恐々目を凝らし、真下で動く岩肌を擦る。凹凸がついた楕円状の背は確かに亀の甲羅のようだった。
 声質から雄であろう相手の背の上でこの身に何が起きたのか未だに理解できず、呆然と佇むしかない。それにしてもこの亀はなぜ――光りに包まれ、この場へ辿り着いた俺の名が磯浦だということを知っているのだろう。

「名前?磯浦様が私を助けてくださったとき、ご自分から名乗られたでしょう。学問に強い方となれば、我が主も喜びますよ」

 亀は俺に救われたなどと感謝の意を繰り返すのだが…当然俺に彼を助けた記憶はない――彼を助けたのは“浦島太郎”その人しかありえないのだから。

(まさか、俺が主人公として中身が書き換えられちまったとか…?)

 しかし、この後の展開はすべて頭にこびりついている。亀の背に乗っていれば美しい乙姫様の傍(かたわ)らで、御馳走をたらふく味わえる。卑怯だが、俺は彼の話に合わせることにした。

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