人見知り男、唇性感帯ヤンキーを拾う
華の金曜日。35歳で人見知りを拗(こじ)らせる豪(ごう)は1年半かけて通い続けたゲイ向けソープでようやく“抜き”の経験を果たすことができた。その帰り道「男に捨てられた」と傷だらけで倒れている青年を見つけ、つい助けてしまうが――彼は特殊性感帯をもったビッチヤンキーで!?
「木曽様、またのお越しをお待ちしております」
黒服を着た支配人が、出口に向かって歩を進める俺の背にそう挨拶を述べた。
“また”はいつになるだろう。外に出れば今朝の天気予報も大外れの豪雨。念のためにと鞄に忍ばせていた折り畳み傘を広げるハメとなる。
ここは東京の歓楽街、美笠町(みかさちょう)。表には“一般的”なパブやスナック、キャバクラ、ホストなんかが立ち並んでいる。今日のような華金(ハナキン)には酔いつぶれた中年たちがゴロゴロと道端に寝転んでいるし、若い女の子も男の子も客引きに必死だ。歓楽街だけあって、ホテルの類も選びきれないほどあるし、ワンナイトを楽しむ目的なら好立地ともいえる。
そんな俺も、贔屓(ひいき)にしている店で一発抜いた帰りなのだから、他人をとやかく語れる立場ではない。
それも、裏通りにある同性愛者専用の店で。
――実はこの美笠町、表側は健全な飲み屋街なのだが…一本、道を外れて裏路地に出てしまえば、怪しげな風俗店がひしめき合っている。中でも俺のようなゲイ向けにサービスをしてくれる店が多く、性感エステ店から、本番アリのソープ店までよりどりみどりなのだ。
「あーぁ、…今日もうまくできなかった…アオイくんに会うの10回目だぞ?抜くだけなら1人でもいいのに…」
ブツブツと自分自身を叱りながらうなだれる。小さな傘のせいで雨粒を避けきれず、眼鏡のレンズに滴(したた)り落ち、視界を妨げた。本当に今日は情けない日である。
外資系金融マンとして働く俺には、人知れぬ悩みがふたつある。
ひとつめは――このとおり、ゲイであること。35にもなれば、周りは皆結婚し子供までいるのが普通で、両親も結婚、結婚とうるさいのだが、生まれてこのかた女に興味を抱いたことがない。ただ、それを両親や友人にカミングアウトする勇気もない。女を好きになってみようと努力した時期もあったのだが、流行のアイドルだかを見ても何の感情も湧いてこなかったので、お手上げだ。
そして、もうひとつの悩み。これが今日この場所に出向いた理由になるのだが…俺は大の人見知りなのだ。対人関係が苦手で、会話が続かないし、“間”が辛い。職場でも業務上必要な話がなんとかできる程度なのだ。
今までは成績を上げてトップ3に入っていたので、上司に文句を言われずに済んでいたのだが、今日とうとう告げられてしまった。『キャリアアップしたいのなら、もう少し相手の立場に立って指導しなさい。後輩がお前を怖がっているじゃないか』と。
確かに、他の同期は日常会話もおり交ぜつつ、指導している。俺は指示のみを伝えるだけだから、不気味に思われても仕方ない。だが、今更どう直せと?会話教室にでも通えと言うのだろうか。
悩めば悩むほどストレスは溜まる。そこでソープに1年半通い、同じ担当“アオイくん”を指名し続けたってワケだ。とはいえ、初回時は会話もままならず、アオイくんが一方的に話し続け、面白みのない返しをして彼を呆れさせてしまったと思う。
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