人見知り男、唇性感帯ヤンキーを拾う (Page 3)
「仕方ねぇな…んしょっとっ!」
「はぁ?おにーさん何してんの…いっー!!!」
雨に濡れた男の体温はすっかり下がりきっていて、子犬のようにぶるぶると頭を振って水滴を払う姿がどこか愛らしかった。ガキと呼ぶな、なんてわめきながら、見てくれはヤンキーそのもので、おぶったときの軽さと華奢(きゃしゃ)な手足にこちらが驚いてしまう。
「お前、ちゃんと食ってねぇな…?しがない男のひとり暮らしで悪いが、風呂沸かしてやれるし、消毒液とバンソウコウくらいは家に置いてる。ついでに飯も食っていけよ」
「え?」
『意味わかんない』と拗(す)ねる彼はケガの痛みからか、それとも助けを求めていたのか、それから暴れることはなかった。大人しく俺の背に乗ったまま、アパートの一室…俺の部屋へと招き入れられたのである。
*****
「マジでこんなに食っていいの?」
ホカホカと頭から蒸気が上がっている彼は、頬を紅潮させたまま、テーブルの傍ではしゃぎ声を上げている。
「別にたいしたモンじゃないだろ。全部コンビニで買ったんだからさ」
10コ年下の好みなんてわからないから、サンドイッチに、おにぎり、ラーメン、サラダ…一通りうまそうなものをカゴに入れただけだ。風呂から上がった後は傷の手当てをしてやる、と言っておいたのに若い男は聞く耳を持たず、髪を濡らしたまま飯にありつこうとしている。
「まてまて、それじゃカゼ引いちまうだろうがよ」
その肩を掴み、洗濯済みのタオルで彼の頭を拭いてやる。ソープではあんなに人見知りを拗(こじ)らせていた俺だが、これだけ年が離れているからか、それとも傷ついている彼を見捨てられない慈悲(じひ)深い心をもっているのか…手の震えも起きず、迷うことなく触れられる。ミルクティーベージュ色のやわらかな猫毛に指が絡むたび、甘くくすぐったい気分にさえなってきていた。
「おにーさんってホント、優しいんだね」
こちらの気なんて知らずに、奴はモグモグと口を動かしてばかりだったのだが、腹が満たされた後には、唐突に身の上話を始めた。
「俺は、久井龍春(くいたつはる)。おにーさんに会った美笠町の裏道で風俗のスカウトマンをしていたんだけど、男同士ってのもなんか複雑でさー。揉めごとに巻き込まれるのが面倒で、辞めちゃったんだ」
あっけらかんと笑う龍春は、その他にもさまざまな話を聞かせてくれた。幼い頃から恋愛対象が男であること、片田舎に住んでいた頃は両親の理解が得られず、苦しんだこと。そこで家を出て上京したものの、何の仕事も長続きせずに2年で辞めてしまうこと。そして、スカウトした男と次々に関係を持ち、衣食住の面倒をみてもらっていたこと。
「おにーさん、俺のことビッチだと思っただろ?その通りだよ。野郎に腰振って、養ってもらってんだからさ」
自嘲(じちょう)気味に話す龍春を見ていられなくて、目をそらしてしまう。ずっと年の離れた奴が同性にしか興味を抱けないことで悩んだ末に身体を売り、傷つけられているなんてあんまりだ。
「やだなぁ。なんか勘違いしてるよ?この傷はおにーさんが想像しているような理由でつけられたんじゃないから。さっきの場所に座り込んでたら、知らない連中に因縁つけられて…やりあっただけ」
“だから安心して”と龍春は告げると、ふいに視線を合わせずにいた俺の腕を取った。自分の方へと引き寄せ――こちらの耳元をいじらしくなぞったかと思うと、俺が掛けていたメガネを外す。
レンズを失い周囲がぼやけるが、眼前にいる龍春だけはくっきりと見えた。
「おにーさんもこっちの人間でしょ。俺を持ち帰って風呂にまで入れてくれるなんて用意周到(よういしゅうとう)じゃん。奥までキレイにしてきたから、いつでもどうぞ…早く抱きなよ。それとも俺に抱かれたいの?」
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