童貞大学生はぬいぐるみ好きヤ●ザを嫁さんにしたい! (Page 3)
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「ヤバイ!もう8時半だ…このままじゃ間に合わないかも…」
1年前の秋、20歳になったオレは、スマホのアラームを3回もセットしていたのにも関わらず…寝ぼけてすべてを止め、再度眠りについてしまうという大失態を犯す。実家にいた頃であれば、母さんがたたき起こしてくれていただろうが、ボロイ安アパートで1人暮らしになってからはそんな融通が利くハズもなく、イチョウ並木が続く道を全力で走るハメに陥っていた。
脇目もふらず、ただただ前だけを見て――これが問題だった。国道沿いの交通量の多い通りを抜け、裏道へと出る。あとは1本道を駆け抜ければいい。“ラストスパートだ”と自分に言い聞かせて、飛び出した瞬間…電柱の後ろから現れた人物と激突してしまったのだ。
「どこ見て歩いてんだよ、テメェ!!」
「う…あ…」
横暴な怒鳴り声に身体がすくむ。今ではすっかり見慣れてしまったが、こちらの不注意でぶつかった相手は、サイドを刈り上げた銀髪をオールバックで固め、ゴールドの指輪やピアスなんかをじゃらじゃらと身に着けていた。それだけでも充分怖いのだが…モノトーンのヘビ柄シャツと、黒スラックスが男を一層“その道”の人らしくさせている。
(こいつ絶対ヤクザだ…どうしよう…)
相手がホンモノなら、海にでも沈められるだろうか。だが、当の男は、こちらをギロリと睨んだまま、別方向に頭を下げている。よく見れば、スマホで誰かと話している最中らしい。
「アニキ、龍宮(りゅうぐう)会の奴らしぶとくて――えぇ、ちゃんとケースケを化かして送り込んでおきました。それにしても驚くでしょうね。味見しようと服を剥(は)げば、女にち●こが生えてるんスから」
ヤクザとはいえ、彼はまだ下っ端なのだろう。言葉遣いは汚いが、『流石アニキ!』なんて電話口の相手にペコペコとしている様は、見ていてなかなかに面白いものがある。ただ、次の言葉にオレは戦慄(せんりつ)した。
「ケースケの奴、今ごろ連中の金ブン盗って、本部に向かっているんじゃないですか?オレもこの“チャカ”持って、すぐ合流しますから」
彼は真っ黒なボストンバッグをひとつ手に持っており、会話の途中でもそれに何度か触れていた。
(“チャカ”ってまさか…拳銃?)
確かに組に所属しているのなら、短刀や拳銃のひとつくらい持っていてもおかしくはないのかもしれないが…ここは閑静な住宅街。この時間、路地には人もおらず…睨まれたままでは迂闊(うかつ)に助けを呼ぶこともできない。
「――えぇ、はい。それじゃまた…」
と電話を切った男は『ふぅー』と長い溜息をついてから、ニヤリと笑った。
「ったくアニキは人使いが荒ぇ…まぁ、これで俺も出世すっかァ?」
どうやら、緊張の糸が解けたらしい。花が咲きそうなくらい、ウキウキとした様子で、こちらにひとつの提案をしてきた。
「おいガキ。今の話、聞いてただろ?せっかくの機会だ…見ていけや」
(なんでオレが…?)
とは口に出せない。彼の機嫌を損ねてしまえば、カバンの中にある銃で、撃ち抜かれるに決まっていた。仕方なく頷(うなず)いて、彼の様子を見守ることにしたのだが――。
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