うなじに赤い花 (Page 2)
レイタは疑心に満ちた眼をしばらくアオイに向けていたが、「まぁいーや」と小さく呟くとペラペラと漫画のページを見流してから、パタンと閉じた。
「気になって読んだんだけど、これ、面白い設定だよね。えーと…おめが、ばーす?」
「え」
活字としては何度も見たことのあるその単語が、レイタの口から音として吐きだされることが、アオイには違和感でしかなかった。
そんなアオイの心境に構わず、レイタは続けた。
「男でも妊娠するとか、発情期があるってのもだけど…運命の番ってやつ?そういう設定、面白いじゃん」
ゴクッと思わずアオイの喉が鳴った。
「ただのエロ本かと思ったんだけど、心理描写とか…面白いよね」
「そう!そうなんだ!」
考えるより先にアオイの口から飛び出した言葉は、止まらなかった。
「この作者さん、切ない心理描写が上手いんだよ!この漫画もね、オメガの受けには恋人がいて、それなのに運命の番に出会っちゃって。恋人のことは愛してるのに、どうしても攻めに惹かれてしまうんだけどその葛藤が…」
ペラペラと早口で言って、アオイはハタ、と我に返った。目の前では、レイタがポカンとした顔でこちらを見上げている。一気にサァーッと血の気が引いた。
「…ごめ、ん。俺、変な話…。聞きたくなかったよね」
「や…別に、聞いたの俺だし」
気を遣ってくれているのだろうか、取ってつけたように笑うレイタの表情にズキリと胸が傷んだ。
「あの…安心して。俺、ゲイではないから。ほんとに」
「あー…アオイ、俺別にそういう偏見は――」
「腐男子、ってやつなの、俺」
「ふ、だんし?」
こんな話はできればしたくなかった。レイタとは同室というだけで、特に親しい友人というわけでもない。加えて、今後も同室で過ごすことになるルームメイトだ。それでも知られてしまった以上、中途半端に勘ぐられるよりは素直に話した方がいいだろうと、アオイは思ったのだ。
「さっきも話したけど、きっかけは姉ちゃんの持ってた漫画で。それからBL漫画読むようになって。俺みたいな、ゲイではないけど、好んでBL漫画読んだりする人を、腐男子っていうみたい。BL好きな女子を腐女子っていうでしょ。それの男子バージョン」
「へぇ…」
「あ、でも…BL漫画が好きってのも嫌とかだったら、ほんとゴメン。もしあれだったら寮長に頼んで同室解消してもらっても…」
申し訳ない、とアオイは大きく頭を下げた。
「あのさ、アオイ――」
「それで、レイタにお願いなんだけど、他の人には俺の趣味のこと、言わないでもらえると助かる。やっぱり、人には知られたくないことだったから…って、手に取れるとこに漫画置いてた俺が悪いんだけど…」
ヘヘッと眉毛を下げて、アオイは苦笑気味にそう言った。
風呂上りでまともに乾かしていなかったアオイの髪はまだ濡れていて、室内灯の白い光を受けてやけに艶っぽく揺れている。そんなアオイの黒髪を、ペシっとレイタがたたいた。
「イテッ!え、何…」
パチパチと目を瞬かせながら側頭部を押さえるアオイに、レイタはチッと小さく舌打ちをしてみせた。
「さっきから、ペラペラ好き勝手喋りすぎ」
見れば、レイタは不機嫌そうに口をへの字に曲げていた。
「え、ごめん。ただ俺は…」
「別に俺、嫌だとか言ってねーし。ビックリ…はしたけど、趣味なんて自由だし。同室解消とか意味わかんねーよ」
「そ…か。ありがとう」
安心したように笑うアオイに向かって、「ん」とレイタは参考書の表紙をした漫画を突きだした。ペコリ、と軽く会釈して、漫画を受け取ろうとしたそのとき、グイッとレイタに手首を掴まれて、アオイはベッドへと引きずり込まれた。
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