その声を独占させて、たくさん鳴いて
音大生で作曲を学んでいる伊織と、バーでアルバイトをしながらプロのボーカリストを目指す年下ヤンキーの葵。葵の声に惚れ込み、恋人同士となった2人。彼の全てが愛しく独占欲をぶつけるように激しく抱いてしまう。
葵くんと出会ったのは、去年の秋ごろ。
なんとなく、ふらりと入った初めてのバーで彼はバーテンダーをしていた。
薄暗い店内だけれど、カウンターの天井にはスポットライトが付いていて、その光に照らされるプラチナの髪を持つ彼は美術品のように見えた。
目つきは悪いし、耳にはたくさんピアスがついていて近寄りがたい雰囲気はあるけれど、整った顔と目の下の泣きぼくろが妙に妖艶だった。
僕は一目で彼に魅入られてしまったのを、今でも鮮明に覚えている。
そして、何よりも印象深かったのは彼の声。
「……いらっしゃいませ」
気だるげだけれど、凛と透き通った声。
僕は一瞬でその声に囚われ、思わず呆然と立ち尽くしてしまった。
「…?…あの、どうかしました?」
ぼんやりとして動かない僕に、彼は訝しげな表情で声をかける。
「っ、あ、あぁ…すみません、あの…カウンター良いですか?」
「…どうぞ」
彼の視線に促されるまま目の前のカウンター席に腰を下ろすと、無愛想なまま注文を聞かれた。
「ご注文は?」
「あっ、えっと……モヒートを…」
僕が注文をすると表情を変えないまま、しなやかな指でカクテルを作る。
ぶっきらぼうな態度なのに所作は繊細で美しく、思わず見入ってしまった。
それに加え、彼の作ってくれたカクテルは本当に美味しい。
この日はただ黙って飲むしかできなかったけれど、僕は彼に会いたくて週に何回も通うようになった。
*****
通い始めて1ヶ月近く経ったころ、彼の方から声をかけてくれた。
「……お兄さん、よく来てくれますよね」
「えっ、あ…はい…あなたの作るカクテルが美味しくて…それに、その…こんなこと言うと変に思われるかもしれないけど…声が良いなって…」
「…俺の…声…」
「うん…すごく透き通ってて綺麗で…ずっと聞いていたい声……あ!す、すみません、気持ち悪い、ですよね…」
「…いや……嬉しいっす」
初めて彼の表情が変わった。
口元は弧を描き、どこか柔らかく伏せられた目蓋。
頭上から月光のように細く照らす光は、彼を一層美しく見せて思わず見惚れてしまう。
この日から彼は、よく僕と話してくれるようになった。
なんでも彼はバンドを組んでいて、プロを目指してボーカルとギターをやっているそう。
彼の美しい声なら、良いボーカルになれると思った。
そして僕が音大で作曲を学んでいることを話すと、瞳を輝かせて少年のような笑顔で会話をしてくれた。
そうして僕たちの仲は急速に深まっていき、クリスマスの頃には恋人同士になった。
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