背徳の支配者 (Page 2)
私がこの教会に異動してきたのは約一年ほど前だった。
教えを説いて導(みちび)き支え、礼拝集会を取り仕切り、洗礼や婚姻などの儀式を執(と)り行う。さらには小規模の孤児院の運営にも携(たずさ)わる。
神父に就任してから、すでに三度の異動を経験しているが、場所は違えど主な仕事の内容はさほど変わらず、唯一他と違うところを挙げるとすれば、それは信者からの寄付金の額の違いだろう。
この教会における寄付金の額は言葉通り桁がひとつ違っていた。
運営や管理を担うなかで、資金繰りに頭を抱えることもなくすごせる日々は、信心深い私にとってもありがたく、かけがいのないものだった。
寄付金の大半を占めているのは、この国を支えるとある企業の創業者であると聞いていた。
なんでも、まだこの国が貧しく不安定だった時代に、幼くして身寄りを失くし路頭に迷っていた創業者とその弟を唯一迎え入れたのがこの教会であったと――。
また当時の神父は教育者としての一面も持っていたため、孤児として保護された子どもたちに寝食を与えるだけに留まらず、読み書きや礼儀作法についても教え授けていたらしい。
その甲斐あり、兄弟は孤児院を出てもさほど苦労せずに社会に馴染(なじ)み、事業を成功させるに至った。
そして、当時の神父の恩に報いるために、神父亡きあとも継続した献金を行っていた。
雲行きが変わったのは、半年が経過した頃。
創業者が危篤との報せを受けた私は修道院長を伴(ともな)い、臨終時に立ち会った。
その際、創業者の甥(おい)をかたる人物が私に声をかけてきた。
この男こそが、教会に災厄をもたらす張本人だった。
「随分若いのが来たな、あんた年はいくつ?」
「…今年、三十三になりますが」
挨拶もなく続いた不躾(ぶしつけ)な質問に私は表情を変えずに答えた。
「俺より上か…見えねえな」
「あの、用件は?」
端正な顔立ちではあるものの、どこか胡散(うさん)臭さを感じさせる出で立ちで男は肩をすくめて私の目線に合わせ腰を屈めた。
「ジジイが死んだら会社も財産もすべて俺のものになる」
その台詞が意味するもの…つまりは今後、寄付金は期待するなと言いたいのだと、私は解釈した。
同時に、創業者が礼拝に訪れるたびに無神論者である甥の行く末を嘆いていたのを私は思い出した。
創業者に伴侶はなく、この男は弟の一人息子、そして弟は数年前に故人となり、創業者はの身内はこの男一人だけであると――。
頭の中で関係性を整理し、私は男を見据(す)えた。
「ご安心ください。施(ほどこ)しを乞うつもりはありません」
洗礼を受けず、信仰心すら持たず、礼儀もない。ましてや、伯父の死に際にする話でもない。
そんな相手に媚びへつらう必要はなかった。
施(ほどこ)しは人の心があってこそだ。
代が変われば寄付が途絶えるのは珍しくもなく、急に打ち切られたとしても、慌てふためくほどあさましくはない。
「へえ…」
「では、失礼を――」
去り際、私を見る男の目がギラリと光った気がした。
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