培養研究~異種交配に身を捧げた男~ (Page 2)
津野田が若返り薬の開発に乗り出したのは、5年前。世界に名だたる彼の下で働きたいと、ラボには大勢の若手研究員が押し寄せていた。その内、根性と研究への情熱が途切れない者を何人か助手として傍に置いたのだが――いずれの人物も忽然(こつぜん)と姿を消す不可解な現象が起こっていた。津野田いわく『キツく当たり過ぎてしまったようだ』とのこと。彼は若手育成にも熱心だったから、人手が足りなくなれば、顔なじみの学校関係者らが、理系の大学院に求人募集を出してくれていた。
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「…私が津野田博士のラボに…?」
「あぁ。朔くんであれば、充分に力を発揮できる気がしてね。アイツの論文は見たかい?」
「えぇ。老化防止薬のために、ある種のクラゲとタコを異種交配(いしゅこうはい)させたとか。確か…“ジェリーパス”でしたよね」
津野田の助手候補として、恩師から声を掛けられた男――キリリとした顔立ち。季節問わず実験用の白衣を纏(まと)った男は、幼少期から不思議なものを目にすれば、すぐ両親に『なんで?』『どうして?』と問い、疑問が解決するまで寝ずに調べ続けるような科学オタクだった。いつでも眼鏡を掛け、針金のような細い身体。太陽にも当たらず、日々を研究室だけで過ごしているような男である。名前を朔夕凪(さくゆうな)といっただろうか。この春、博士号を取得したのだが…27になっても、彼女のひとりすらいたことがない。そんな彼も科学界の権威の下で働くことができるという誘いには瞳を輝かせ、面接の日取りを決めることになったのである。
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「朔くん、当分の間は君にジェリーパスへの給餌(きゅうじ)を任せるとしよう」
「――給餌ですか…。それが助手となる私の仕事だと?」
津野田は朔と顔合わせをしたあと、彼をひとつの培養槽の傍へと連れて行き、そう話を進めた。朔のこれまでの研究レポートに一通り目を通した津野田は、彼に向かって『気に入ったよ』と告げたものだから、朔自身、早速博士の助手として薬の開発に関わることができるのだと舞い上がっていた。
(なぜ私が生き物の世話なんか…)
朔はプライドの高い男である。しかし、相手の話を無碍(むげ)に断れば、ラボを追い出されるに違いない。経験豊富な研究員が多数在籍しているこのラボで、大学院を卒業したばかりの朔が、助手として採用されるのは異例であった。
「なにか不服か?」
と問う津野田に『いいえ。喜んでお引き受けいたします』と返答するしかなかった。
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津野田が生み出した謎の生命体…“ジェリーパス”の姿を目にした者は1人としていないというから不思議だった。科学誌に掲載されている津野田の論文を読み解けば、その生物はクラゲを思わせる半透明の身体に、タコのような吸盤がついた触手が8本。大きいもので5mはあるというから、人間より遥かにデカいらしい。津野田の作る若返りの秘薬は、雄のジェリーパスの表面から採取できる体液を必要とするのだとか。また、比較的おとなしいクラゲやタコの生殖活動とは異なり、まるで意思を持った人間のように激しい交配を繰り返し、個体を増やすとも記されていた。
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