培養研究~異種交配に身を捧げた男~ (Page 3)

「これが人間を老化から救う、救世主…ジェリーパスの水槽だよ」

津野田に肩を抱かれ、放たれた一言に目を見開く。

「朔くん。給餌の際にこの布をめくってはいけないよ。ジェリーパスの姿を拝めるのは、数多くいる助手の中でも、最も優秀な人間だけ。君にはまだ時期尚早(じきしょうそう)というものだ…彼らの生態を外部に漏らされては困るからね」

そう言って、津野田は朔に『君は朝夕の2回、水槽の天井に備え付けられた自動開閉の給餌器にエサを入れるだけでいい』とあざ笑うかのように吐き捨てたのだった。

(博士は私を見くびっている…学生上がりではあるが、そこらにいる研究員の誰より知識も才能もあるというのに!そんな私がなぜ給餌など…)

津野田に案内された水槽の前で、朔は恨み言を呟いていた。数秒で閉じてしまう天井の給餌器からでは、異生物――ジェリーパスの姿をうかがい知ることはできない。

(助手の中でも博士に認められた人間だけが、コイツの姿を拝めるだと…?ふざけるな!ジェリーパスの研究は、日本だけでなく…高齢化社会に悩む国、すべての希望となるのに…)

その姿も、得られる効能も、津野田は新入りである自分と共有する気はないらしい。仲間外れのように扱われることは、学生ながらも数々の功績を収めてきた朔のプライドを傷つけるのに充分だった。

(まぁいいさ。博士が私にジェリーパスの姿を見せる気がないのなら、こっそりと覗いてやればいいだけ…)

人間、『絶対に見てはいけない』と念を押されるほど、見たい衝動に駆られてしまうのだから不思議なものだ。朔はその行動により、自身の未来をドブに捨てるような目に遭うとは露ほどにも思わず、水槽を覆う布をむしり取った。

「――これが…」

水槽の中を漂う巨大生物の姿にたじろぐ。津野田の論文を読んで想像はしていたのだが、全長5mの大きなクラゲは、タコとの交配のためか、本来はないはずの内臓が丸見えで、心臓がドクドクと脈打っていた。さらに吸盤のついた太い触手の他にも、無数のヒダがうごめいている。

(こんなグロテスクな見た目なのか…よそ者に見せたがらない理由がわかった気がするな…)

額に冷や汗が伝うのを感じながらも、ジェリーパスを間近で見ようと、吸盤が張り付いた水槽に手を伸ばしたとき、予期せぬ事態が起こった。

ビーッ!!ビーッ!!ビーッ――カチャッ…。

けたたましいブザーが鳴り響き、なんらかのロックが外れるような音が続く。物事に慎重な津野田のことだ…最初から自分を嵌める気だったのかもしれない、と朔は思った。

このままだと誰かがこの部屋に駆けつけてしまうと焦った彼は、一刻も早く逃げようと扉へ向かって駆け出したのだが――それは許されなかった。

「あがッ――ぐぅぅ…ゴフッ!!」

いつの間にか水槽から這い出た巨大な触腕(しょくわん)が、朔の閉じた唇をこじ開けたのである。

ブザーと共に聞こえたロックの解除音…それは、“絶対に見てはいけない”異生物、ジェリーパスの生贄(いけにえ)として選ばれた者のみが耳にする、祝福の鐘だった。

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