僕たちは、幼馴染をやめた (Page 3)

 「――あれ、」

 気がつくと、涙が頬を伝っていた。自分でもよくわからない。なんとなく、子どもの頃に叱られたような気持ちと似ている。
 上京して、たかが半年。とはいえ、何かと忙殺される日々に、少し疲れていたのかもしれない。

「ハルは頑張りすぎ。もっと自分のこと中心に考えたっていいんじゃないのか。誰かに頼ったって、いいじゃないか」

 華奢な手のひらが僕の頭に触れた。
 自分が倒れた時を思い出す。頼れる誰かがいると思っていたのに、現実には誰も思い至らなかった。あの時の孤独感が、胸の中にぐっと広がっていくようだった。

 僕は静かに泣きながら、その温もりに埋もれていた。

*****

 あれから数日が過ぎた。アルバイトの店長は想像以上に心配してくれ、見舞いにも来てくれた。
世界は、思ったほど窮屈ではないのかもしれない。そんなことを考えながら、僕はまたぼんやりと暗くなった窓の外を見やる。

「ハル!調子はどうかな?」

「うん、特に悪くはないよ。ありがとう、たっくん」

 いつもの笑顔で顔を出す主治医、拓海。
彼とも、入院生活が終われば離れてしまう。そのことが少しだけ、寂しかった。
 それでも、自分の気付かないところで、ずっと気にかけてくれていた人がいたことが嬉しくもあった。

 「点滴も外れたし、食事もほぼ普通食に戻ってるし、この調子なら予定より早く退院できそうだね。」

  そう言って、彼はベッドサイドに腰かけた。
そうしていた時間はほんの数分だけだったけれど、僕はその時間が心地よくて大好きだった。

 「ねえ、ハル。約束の話、覚えてる?」

 「うん、思い出した。たっくんが、僕を元気にするためにお医者さんになるって言ってくれたんだよね」

  そう。昔からしょっちゅう体調を崩していた僕を見て、彼はそう言ったのだった。
 その約束を思い出した時は驚いた。まさか、本当に医者になっているだなんて思うわけがない。

  そして、確かあの時――。
一度だけ、彼の唇が僕の頬に触れたのを、思い出した。

 (今更、思い出すなんて……たっくんはどう思っていたんだろう)

  恥ずかしいような気持ちがこみ上げてきて、顔が火照ってしまう。
 それを悟られたくなくて、拓海の顔を見られずにいた。

 「ねえ、ハル。」

 「うん?」

 僕がぎこちなく振り向くと、彼の顔は思ったより近くにあった。
その綺麗な瞳に、少しだけ胸が高鳴る。――幼い日のキスを、思い出していた。
 赤くなった顔も、この鼓動も、何もかもが拓海に伝わっているような気がして、目を逸らしたくなる。

 何とも言えない沈黙の後、僕は意を決して、彼にそっと口づけた。

 「よくないことかな……これ」

 「……びっくりした。けど……全然、悪くないと思う」

 僕が顔をあげると、いつになく真剣な顔をした拓海がいた。
僕なりの意思表示のつもりで、ゆっくりと両腕を伸ばし、その身体に抱きついてみる。

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