青春サイダー (Page 2)
「…三ツ矢…さん?」
思わず声に出していたが、あまりに小さく掠れた声は幸い誰にも聞きとがめられなかったらしい。
ただ、向こうも直人の存在に気付いたらしく、目を丸くしていた。
あの、卒業式の日以来一度も会っていない。それどころか連絡も取れず、三ツ矢の家はもぬけの殻だった。
それでも、見間違えるはずがない。目の前にいるのはあの時まで確かに隣にいた人物だ。
動揺をなんとか抑えながら、契約を結ぶことに決まったことは理解しつつ、他のやり取りの内容はろくに頭に入らなかった。
*****
帰宅後も気はそぞろで、食事も喉を通らぬまま、直人はシャワーだけ浴びて無理矢理床に就いた。当然ろくに眠れるわけもなく、翌朝は目の下にクマを作って出社した。
「おいおい、斉田、どうした?すげぇ顔してるぞ?」
同僚の冷やかしには、大きな仕事への緊張だと誤魔化す。
実際、大きなプロジェクトであるため、気を緩めるわけにはいかないが、どうしても三ツ矢の影が払えない。公私混同は最低だと思うものの理性と本能は相反していた。
なんとか自分のやるべきことをこなしてはいるものの、どうも普段の切れがないと心配して声をかけてきた上司に、それとなくプロジェクトの相手方に知り合いがいて何となく気まずい、とだけ告げると「わかった、考えておく」とだけ言った上司の笑顔に妙に嫌な予感がした。
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「かんぱーい!」
居酒屋。件の上司は人当たりがよく、上手く取引先のチームを仕事後の飲み会に誘ったらしい。
しばらくすると、みな酔いが回ってきたらしく、盛り上がってきた中で、取引先の一人の男性が直人に絡んできた。相当酔っているらしく、呂律の怪しい英語は聞き取りづらく、何を言っているのかところどころわからず、直人も酔いが回って適当に相槌をうっていると、不意に腰に手を回され、いきなりスキンシップが始まった。
何事かと目を丸くしていると、不意に腕を掴まれ上に引っ張られた。
「Sorry, he seems to get drunk.」
流暢な英語に含まれる怒気は迫力があり、そしてその声は顔を見るまでもなかったが、恐る恐る見上げると冷たい目をした三ツ矢が直人に絡む人物を見下ろしていた。
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