観覧車とヤクザ~再会はゴンドラの中で~
遊園地で観覧車の責任者として働く吉川亮介(よしかわりょうすけ)は、何も代わり映えしない誕生日を少しでもよくしようと、観覧車に乗ることを思いつく。いざ乗り込もうとした瞬間、高校時代に手酷く振られた久那川元雅(くながわもとまさ)が現れ、ゴンドラへ強引に連れ込まれた。元雅は勝手なことを言いながら亮介を押し倒して強引に服を脱がしてしまう。
「結局、今年も駄目だったな……」
思わずぽろっと本音が零れる。
吉川亮介は何度目になるかわからないため息を漏らし、手に持っていた鎖をがちゃんとポールにはめ込んだ。
すでに十九時近く、専門学校卒業後に就職した遊園地は今日の営業を終了しようとしている。
観覧車の責任者となったのは一年前だが、高校の頃からバイトしているせいもあって何もかもが代わり映えしなかった。
今日が二十六回目の誕生日だろうとやはり何も変わらず、亮介はなんともいえない空しさを抱いたまま周囲を見回した。
腕時計ではあと三分ほど時間が残っているが、寒々しい曇り空の下で観覧車に乗りたがる酔狂なお客はいないようだ。
終了時間を見越して片付けはある程度終わらせてあるため、あとただ待つしかない。
冷えてかじかむ指先に吐く息を吹き付け、頬に触れる寒風にささやかな時の流れを実感する。
結局、今年も彼女や彼氏と過ごせなかったなぁ、誕生日。
まぁもともと、今年は誰とも付き合ってなかったけどと胸の中で付け加え、時計を見た亮介はふとある思いつきに捕らわれる――自分のためにこの素敵な観覧車を回してみたい。
定期点検以外に不定期に観覧車に乗って点検をすることがあった。
何もない今日という一日を特別にしたくなり、亮介は観覧車を見上げられる管理用の小屋に入り、内線を使って本部と相談する。
気のいい上司は軽やかに笑い、あまり遅くならないようにとだけ注意して認めてくれた。
「ありがとうございます。終わったら報告しますね」
照れながら礼を告げ、亮介は念のために近くで作業しているスタッフにバックアップを頼み、連絡用の携帯電話と上着を手に取った。
羽織りながら外に出て、嬉しさに弾んだ足取りが突然の大声に止まる。
「亮介!」
懐かしい、決して忘れることのない声に全身が震えた。
大股の足取りで駆け寄ってきたのは高校の同級生――家業を継ぎ、反社会的勢力と呼ばれる犯罪組織の一員、ヤクザになってしまった元恋人だった。
「……も、元雅」
「今日はお前の誕生日だろう。相変わらず観覧車が好きなのか?」
酷い別れ方をしてもう十年近くになる。
だがこの数年は彼の名前や顔を思い出すこともなくなっていた。
亮介が固まっていると、高級そうな背広をまとった久那川元雅は張ってあったチェーンをまたいで歩み寄り、大きな手で腕を掴んだ。
「こんな日にまで律儀に仕事か。お前は真面目だな、まったく」
「な、なんでい、いきなり来て――」
「お前に会いに来たに決まっているだろう。鈍いな」
「な……っ!」
驚く間にゆっくりと乗り場に滑り込んで来た観覧車に押し込まれ、元雅も中に入ってくる。
背を押され、よろめいている間にさっと元同級生がドアを閉めて内鍵を掛けた。
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