障子の奥で

・作

若手俳優の類人は仕事の関係で着付け教室に通うことに。そこで出会った一つ年上の泰孝。どこか浮世離れした泰孝はすぐに類人の心の中に住み着いた。昔からの友人のように急速に仲を深める二人だか、類人のレッスンはもう数回で終わってしまう。思いを伝えたい類人だが一歩踏み出せずにいた。

「はい、じゃあ今日はここまで。また次回最初からやってみましょうね」
「ありがとうございました。…本当個人レッスンなんて、いいんですか?次からまた他の人と一緒でも…」

そう言って薄緑の着物を綺麗に着込んだ、やっさんこと宇野泰孝(うのやすたか)は畳の上で指をついて、へらりと笑ってから丁寧に頭をさげた。
若手俳優と呼ばれるポジションに位置する俺、本田類人(ほんだるいと)は次のドラマの役作りのため、着付け教室の門を叩いたのだ。

「いいっすよ、男の人なんて滅多に来ないし。女性の着付けとはやっぱり違うから教える身としてもこっちの方が助かるんですよ」
「そういうもんですか?」
「そうそう。このレッスンの間だけでも仲良くしてくださいよ」
「…じゃあ、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
「はい、お願いされました」

そう言って笑った彼は、聞けば年齢は一つ上の28歳。
話しやすく3回目の終わりには『やっさん』『類人』と呼び合うようになっていた。
どれだけ忙殺され疲弊しきっていても庵(いおり)に一足踏み入れれば心が和らぐ。

風炉(ふうろ)が置かれた小さな部屋は笹の葉が揺れる音と衣擦れしか聞こえない。そこに座ってやっさんを待つ時間が穏やかでとても心地よかった。

「そうそう、半襟はそのくらいが上品に見えるから。はい完成。おー男前じゃん」
「この前よりキチッとしてる感じする。姿勢もよく見えるわ」
「そーなのよ。俺普段は姿勢めちゃくちゃ悪いんだけど着物のときだけはよくなんの」

着物ってすごいだろ?そう言って姿見を見る俺の背中を軽く叩くやっさんはどこか自慢げだった。

浴衣、長着(ながぎ)、略礼服(りゃくれいふく)とレッスンは進み綺麗に着付けるたびにやっさんは男前じゃん、と嬉しそうに笑い褒めてくれる。
自宅でも何度も練習をしその成果をやっさんに見せれば、着物の袖から覗く白い指が丁寧に手直しをしてくれる。それが楽しくて堪らない。

全部で12回のレッスンだが個人指導のためか半分も行かないうちにカリキュラムをすべて終えてしまった。

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