障子の奥で (Page 2)
「類人、練り切り好き?」
「練り切り?」
「うん、白餡(あん)のお菓子。生徒さんからもらってさ」
一回一時間程度のレッスンだが、毎回早く終わってしまい余った時間はお茶をする。
毎回やっさんが見たこともないようなお菓子を母屋から持ってきてときには風炉を使ってお茶を点ててくれる。
もうその頃には俺はやっさんに夢中だった。
俺の粗のある着付けを直す細い指、襟から覗く白い首筋がどうしようもなく俺の劣情を刺激する。
それを表に出すすべもなく、ただひたすらに着付けを練習し不完全さを残してやっさんに見せるだけ。そうすれば笑って俺の体に腕を回して整えてくれるから。
目の前に白い首があられもなく晒されたときには思わず天を仰いだりもした。
あっという間に全12回のレッスンの最終日。
その日は家を出るときから憂鬱だった。
重い足を引きずり長い時間をかけて辿り着き門をくぐる。
竹の葉で身を隠すようにひっそりとたたずむ庵を目にした瞬間、胸が締め付けられる。
もうこれは誤魔化しきれない。
やっさんの顔を見たら変なことを口走ってしまわないだろうか。
「類人」
「うわっ!」
「なにそんな驚いてんの。こんにちは」
「も〜…、びっくりさせんなよ…。こんにちは」
庵を見つめながら立ちすくんでいると背後から声を掛けられ大げさなほど体が跳ねてしまう。
振り返ると薄い藤色の着物を纏ったやっさんの姿があった。
「今日暑いな、中涼しくしてあるから早く入ろうぜ」
水桶(おけ)を持ったやっさんが手で首元を扇ぎながらへらりと笑う、ただそれだけなのに想いが溢れそうになる。
最後のレッスンは長着の総復習。
ドラマで着る予定と前もって伝えていたら最後はこれをやろうとやっさんの提案で決まったのだ。
長襦袢(じゅばん)を着込み、やっさんの見ている前で丁寧に手早く着付けていく。
やっさんの目線が身体中に当たりやけに緊張してしまい涼しいはずの部屋でじんわりと汗が滲む。
*****
「……できました」
少し腕を浮かせたまま見せれば畳一枚分離れて座っていたやっさんが立ち上がった。
俺の周りをゆっくり回り、帯の角度、襟止めの位置、あらゆるポイントを確認していく。
その表情を盗み見ると眉を寄せ難しい顔をしていた。
失敗してしまっただろうか。
何度も練習したはずだが見落としがあったのかもしれない。
「……だめ?」
「……合格。綺麗に着れてる」
難しい顔をしていたやっさんが緩みへにゃりと笑った。
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