画商は画商の夢を見る ~好敵手は恋人?~
画商である秋山智義は最近、不本意な噂を立てられていた。その噂を本気だと信じた同じイタリア人の画商、フィルデナンド・ペッロッタがやって来て「客と寝て仕事を取ってきているとは本当か」と責め立てる。そんなことはないと否定するが、フィルデナンドは「そんな最高の身体なら俺にも喰わせろ」と襲いかかってくる。
『画廊にいるんだな? そこから動くな、トモヨシ!』
「おい、フィルデナンド……!」
極めて乱暴な物言いのまま電話が切られてしまい、抗議してもすでに遅く、スマートフォンは無粋な不通音を流している。
秋山智義はあきれながら自分のスマートフォンを眺めやった。
生粋のイタリア人らしく、普段は陽気でいい友人のフィルデナンド・ペッロッタだが、ある誤解をしてからはいちいち突っ掛かるようになっていた。
智義はため息を漏らし、首元のネクタイを緩めながら自分の画廊――絵が飾られたオフィスビルの一室を眺めやる。
秋山智義とフィルデナンドは画廊を経営していた。
秋山家は東京の神田で曽祖父の代から絵画を取り扱っている。
一方、フィルデナンドは六年ほど前からイタリアと日本を行き来しているが、高校の頃からこちらに来ていたとあって日本語は驚くほど流ちょうだ。
「トモヨシ!」
四十分ほどして騒々しく磨りガラスが開けられ、肩まで伸ばした焦げ茶色の髪を括ったフィルデナンドが入ってくる。
すでに歳は三十歳を超えているが表情が豊かなせいか若々しく見えた。
「看板を裏返して、鍵を閉めろ。今日はもう閉店にする」
冷ややかな声で指示しながら立ち上がって、智義は外していた上着のボタンを掛けた。
うっすらと顔を紅潮させたイタリア人は小さな「OPEN」の看板をひっくり返してドアの鍵を閉め、乱暴な仕草でカーテンを引く。
「インスタントのコーヒーでいいな? カフェラテなんて洒落たもの、うちにはないからな」
不本意な来客だが客には変わりがない。
智義は画廊の奥にパーティションを置いて設けてある一角に入り、手早くインスタントのコーヒーを作り始める。
「それで、……またやったのか、お前」
大きな足音を立てて間近までやって来て、フィルデナンドが声を低めた。
智義はため息を漏らして温かなコーヒーをローテーブルに載せる。
「何度も言わせるな、フィル。俺は絵を買い付けるために誰とも寝てない。中西先生のところには何度も足を運んで、俺のことを認めてもらったんだ」
「だが噂がある。お前が女とも男とも寝て、絵を買い取ってるって」
手を振ってソファを勧めてもフィルデナンドは立ったままだった。
イギリス留学で身についた癖で小さく首を振り、智義は背広のボタンを外して腰を下ろす。
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