コネて叩いて転がす愛 (Page 2)
「まめぱん工房、って、ここか……?」
昼休み、もらったメロンパンを食べて、駅前にあるというパン屋に興味を持った。
甘党の俺をうならせる味だった。
スマホで調べたら、夜の8時まで営業しているらしく、仕事を片付けて来てみたわけだけど。
どう見ても明かりがない。
まだ7時過ぎだけど、客らしき人影も全くない。
駅前に店を出すくらいだから、儲かってると思ったのに、まさか?
「おにーさん、うちのパン屋に何か用?」
「え、へ?!」
暗い店の前で立ち尽くしていると背後から声をかけられた。
「ここ、俺の店。兄貴とやってるんだけど、兄貴が風邪ひいたっぽくて今日、臨時休業」
「あ、あ~……なる、ほど、ね」
茶髪に控えめな色のピアス、今時風のオシャレな若者は俺を見て、けらけら笑った。
「もしかして、あれでしょ!会社の女の子からもらったパンが意外とおいしかったってもんで、どんなパン屋か気になって来たってやつ」
「俺の前にも何人かいたってわけか」
「そーそ。いるいる!うちのパン、おにーさんみたいな人には実際に食べてみてもらったらイチコロだからさ。おかげでアイドル商法やってます!」
ピシッと敬礼の真似事をしたその若者は俺の腕を引いた。
「せっかくだし、今朝つくったパンでよかったら持ってってよ」
「え、でも」
「次に出す予定の新作なんだけど、バイトの子に配っても余ってて。あ、俺、まめぱん工房の豆本かずき。こー見えて来年で三十路!」
右手でピースしながら舌を出す豆本に、人は見かけによらないなと思った。
*****
豆本が明かりをつけると、シンプルな内装が目の前に広がった。
こだわり抜かれたのだろうと思われるデザインは女子ウケもするけど、男だって普通に入れる感じだった。
「これが、今度出す予定の新作。SNS映えも狙ってるんだけど、竹崎さん的にはどう?」
「見た目はいいと思う。問題は味かな」
「ははっ!言うね!レシピは教えられないけど、食べてもらって感想を聞くのもいいかも。俺ん家、ここから近いんだけど、ちょっと食べて感想きかせてよ」
「あー、悪い。明日、早くてさ」
「そっか……、あ、じゃあ、店の奥でちょっと、ね?ちょっとでいいから」
やけにぐいぐい来る豆本に押されて、店の奥の休憩室でパンを試食することになった。
コーヒーのサービス付きときたもんだから断れなかった。
「……どう、かな」
「うん。味も悪くない。甘みも俺はこのくらいならイケる。もう少し甘かったら全部は食べきれないかもな」
「大きさはちょうどいい?」
「小腹空いたくらいのときにはちょうどいいと思う」
豆本は俺の言うことをメモしながら、あれやこれやと聞いてきた。
「ん。コーヒーもうまいな」
「甘党の人用にブレンドしてるから!それも、まめぱん工房の主力選手!パッケージは俺がデザインしてて」
「へぇ。これ、俺、好きかも」
雑談は続き、気づけば終電が近づいていた。
「ごめん。竹崎さん。ついつい、話し込んじゃって」
「いや、楽しかったし、いいよ」
「ここから遠いの?家」
「まぁ、ここからだと二駅いってバスで半時間だけど、もうバスはないだろうし、どこか適当に……」
「だったら」
「ん?」
「だったら、やっぱ、うち来ない?あ、兄貴とは別に暮らしてるから、俺ひとりだし」
「ん~、でも今日会ったばっかだしなぁ。悪いよ」
「引き留めちゃったの俺だし、ゲストルームもあるから!」
「じゃ、じゃぁ、お邪魔しよう、かな」
そういうわけで俺はイケメン宅にお泊りすることになった。
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