美大生との一夜の契り 〜先生の裸、見せてください!〜
芸術家の前沢優希は、美大に研究室を持っていた。そのアトリエで、教え子の佐々木篤哉がスランプに陥っているのを発見する。夜も深い時間に、前沢は篤哉の悩みを聞き出すが、それは現在作っている裸像の質感が表現できないことだった。前沢は篤哉に裸を見せて欲しいと懇願される。
越前美術大学の秋は、芸術の秋だ。文化祭にグループ展、多くのコンペが開催され、学生たちは各々の創作活動に勤しむ。名前の売れている学生は個展を開き、これをきっかけにプロとしてより名を馳せる。
そんな、祭り独特の空気に浮き足立ちながらもどこか緊迫感の漂う学内で、一つだけ異様な雰囲気を醸し出している部屋があった。
『前沢研究室』。
リアリティのある作風で一斉を風靡した、前沢優希講師の部屋だ。アトリエは研究室に所属している学生に解放され、感化されながらも「前沢越え」を目指す学生たちが凌ぎを削っている。
午後10時、制作に追われている学生もそろそろ帰ったであろう時間帯に、研究室のアトリエには明かりがついていた。
「おーい、まだ誰かいるのか?」
所属している学生が居残っているのかと、前沢は声をかける。すると、「うう…」という呻き声が聞こえてきた。
「篤哉か」
粘土像の隙間から覗いた顔は、そろそろグループ展ではなく個展を開いてもいいのではないかと評価されている、立体を得意とする学生の佐々木篤哉だった。
「先生……無理ですぅ~~!!」
張り詰めていたものがプツンと切れたのだろう。蒼白な顔で目にいっぱいの涙を溜めた篤哉は、弱音を吐き始めた。
「そもそも俺なんかがグループ展の目玉になれる訳がないんです! この粘土像も全っ然…こう…エロスがない!! 質感がクソ!! 全然生きているように見えない!」
「お、落ち着け…とりあえずコーヒーでも飲むか? うわっ! 顔色悪いな! お前飯食ってないんじゃないか? 冷蔵庫になんかあるはずだから!」
さめざめと泣く篤哉を研究室の椅子に座らせると、砂糖とミルクをたっぷりいれたコーヒーを用意し、マグカップに注いでやる。
「なんか腹に入れたら落ち着くから。これでも食べながら、なんでそんなに行き詰まってるのかふたりで考えてみよう」
学生の誰かが差し入れで持ってきてくれたコンビニのシュークリームを差し出して、自分もコーヒーを注ぐと向かいに椅子を引いて座った。篤哉はぐすぐすと鼻を鳴らしていたが、前沢に再度シュークリームを勧められると、律儀に「いただきます」と言って食べ始める。
「おいひい…」
「疲れてるんだろ? 糖分は気持ちを柔らかくしてくれるからな。もう一個食うか?」
「…いただきます…」
コーヒーを二口すすると、2つ目のシュークリームに手を伸ばす。段々と体の緊張が解けてきたのが見える。よし、悩みを聞くならこのタイミングだろう。
「なあ、どうしたんだ? お前の立体物はいつもすごいぞ。良く『第二の前沢』なんて言葉を聞くけど、十分オリジナリティがあるし、大胆さと繊細さを併せ持ってる。周りが色々言ってプレッシャーに感じるのは解るけど、もうちょっと自由に作ってもいいんじゃないか?」
よし、我ながら講師らしいことを言った。美術家としても後進を褒め称えるパーフェクトな回答だ。
「…納得がいかないんです」
「何にだ? 表情か?」
「その…えっと…」
指についたクリームを舐めながら、篤哉は急にオドオドし始めた。しかし決心したかのように、はっきりと口にする。
「肌の質感に納得がいかないんです」
「肌?」
「こう…今回の作品は、ただ座って笑ってるだけなのに色気が漂うような裸像にしたいと思っていて…。でも、その…裸像のモデルになっているような年齢の男性の肌、ちゃんと見たことがないんです…」
篤哉は確か、つい最近母親が再婚している。幼い頃に母子家庭で育てば、大人の男性の肌を目にしないことはあり得るだろう。
「そうか…。裸像のモデルは何歳ぐらいなんだ?」
「さんじゅう…ご? より上だと思います」
「『思います』?」
「さ、三十代後半です!」
「そうか。じゃあ俺と同じぐらいだな」
前沢が斜め上を見ながら思案していると、篤哉がぐっと息を呑んで、こちらを見つめてきた。
「…どうした。」
「…っ、先生、お願いがあります…」
嫌な予感がする。そしてそれは的中するのだった。
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