例え過去がなくとも (Page 2)

忍の病室の前に立つ、この部屋の中に忍がいるんだと思うとどうにも緊張してしまう。
病室の扉を開けると、そこにはベッドで座っている忍の姿があった。

「忍…!」

俺が嬉しさのあまり彼の名前を呼ぶ。
忍はこちらを向き、一回、二回瞬きをしてこういった。

「誰ですか?」

その言葉を聞き、俺は凍り付いた。
今、なんといったのか。
あまりにも理解できない、したくない言葉だった。

*****

医師の話を聞くと、どうやら忍は俺のことだけ忘れているらしい。
両親のことは覚えているし、仕事のことも覚えている。
俺とのことだけすっぽりと記憶が抜けてしまっているのだとか。
忍自身もすっぽりと抜けた記憶があることをすぐ認知した。

「だって、昨日どこに行こうとして事故にあったかとか思い出せないし、誰かとよく話していた気もするのに全く思い出せない、それって変だからね」

そういって笑っていた。
まるでその記憶がどうでもよかったものに思っているかのように感じられて俺は拳を握りしめた。

「なんで笑ってられんだよ」

そう言葉が出てしまった。

「君との記憶であろうことも想像がつく、でもごめんね、僕は何も思い出せないんだ」

感情を持たない言葉が俺の胸に突き刺さる。
俺と一緒に時を過ごした忍はもういないのだと、突きつけられる。
俺は堪らず病室を飛び出した。

「ごめんね」

悲痛そうな声が扉が閉まる直前に聞こえた気がした。

*****

それからの俺は無気力だった。
忍の見舞いにも行く事が出来ず、仕事に行って帰る。
そして家で飯を食って、忍とのアルバムを見て寝る。
そんな毎日をおくっていたある日、忍が退院したとの連絡がきた。
そして、忍が会いたいといっていると彼の両親から聞かされた。

俺は、会いたいといっている恋人だった人にどんな顔をして会えばいいのかわからない。
それでも俺は、忍のことが好きだから、会いたいといわれてしまえば会ってしまう。
俺は忍の両親に会わせてくださいと連絡を返した。

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