先輩の家には、大きくて可愛いイヌがいる

・作

正社員としての仕事が見つかり、アルバイト先の飲食店を卒業することになった武斗(たけと)。就職祝いの送別会の日、アルバイト先の先輩である廉(れん)から「うちで飼ってるイヌ、前に見たいって言ってたよね? 明後日とかどう?」と誘われ、武斗は二つ返事で了承する。しかし当日、廉の自宅玄関を開けた先に立っていたのは、見知らぬ裸の男の子で…

「武斗くん、就職おめでとう!」

「ありがとうございます!」

 都内郊外の小さな飲食店。閉店後の店内で行われていたのは、まもなくアルバイトの職を辞するスタッフ──武斗の送別会だった。オーナー夫婦、数名のアルバイト、それから常連客が二名ほど。会は終始なごやかな雰囲気で進められ、思い出話にも花が咲いていた。

「改めておめでとう。仕事先、実家の近くで見つかってよかったね」

「いやぁほんと、たまたまそっちに営業所がある会社で。親もなんだかんだ喜んでるんで」

 皆が自由に席替えしたり料理をつまんだりしている中、武斗の隣にやってきたのは先輩の廉だった。彼はこの店のオープニング当初から働いているスタッフで、肩まで伸ばした黒髪をハーフアップにしている。飛び抜けたイケメンというわけではないが、すらりとした体型に甘い声、それに気配りと物腰の柔らかさも相まって、女性客からはダントツの人気を誇っていた。

「そういえばさ、武斗くん…うちで飼ってるイヌ、前に見たいって言ってたよね?」

「言ってました! 俺、マジでイヌ好きで…昔、実家でも飼ってましたし」

「引越しとか、いつなの?」

「とりあえず大きい荷物は土曜日に持っていってもらって…日曜には実家に移動かなぁ、って予定です」

「じゃぁ…明後日の木曜とかどう?」

「大丈夫っす!」

 元より家財の少ない一人暮らし、引越し準備も順調に進んでいた武斗は、廉からの誘いに即答をかえした。十歳近く上の廉は武斗からすると一番身近な「大人の男性」的な存在で、憧れや羨望の気持ちを抱いている。仕事を教わる場面以外でも会話が多いスタッフだったが、最近はなかなかシフトがかぶらなかったのもあって、廉からの提案は素直に嬉しく感じていた。

「じゃぁ、詳細は明日また連絡ってことで」

*****

  約束の木曜日、予定通り廉と近くのカフェで落ち合った武斗は、期待に胸を膨らませていた。他のスタッフらともプライベートで食事に行ったりはするが、自宅まで行くのは廉が初めてである。

「廉さんの家、インテリアとかお洒落そうですね」

「そんなこと言われちゃうとハードルあがるな。至って普通の部屋だから、がっかりしないでね」

 今日の廉は、ポニーテールに縁の太い伊達眼鏡。そしてシンプルなTシャツにスキニージーンズとラフな格好だったが、スタイルの良さが実によく映えていた。

「あ、やべ。ワンちゃんにも何か手土産買ってくればよかったな。廉さんには、酒のツマミになるかなぁって思って、輸入もののチーズ買ってきてみたんですけど」

「チーズなら、あの子も食べるから。むしろ結構喜ぶかも」

「ならまぁ…いっか」

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