最低最悪の不倫 (Page 3)

「あ、すんません…そうだ、これ、よかったら」

弾かれたように足を動かし、忘れかけていた手に持っていた紙袋を差し出す。会社で女性社員が美味しいと噂していた洋菓子店の焼き菓子だ。

「ああ、気を遣わなくてよかったのに。ありがとう」

柔らかな笑みを浮かべて紙袋を受け取った彼はその袋を見て目を細める。

「あ、ここのお菓子、俺好きなんだよ」

意外だった。昔からお菓子は好きな人なのは知っていたけれど、こんな嬉しそうな顔をしてくれるなんて。

ソファに所在なさげに腰掛けた俺に湯気の立つマグカップを差し出してくれる。受け取ると甘い香りがした。

「ホットココア。落ち着くよ?」

ちょっと拍子抜けした。俺は子供か?

「あ、ごめん、昔好きだったろ?」

覚えててくれたんだ。昔、叱られた後は必ず甘いホットココアを淹れてくれた。それが嬉しくて、美味しかった。

「立夏くん!?」

和彦さんの声にハッとすると、マグカップを両手で包み込んで知らず頬を涙が伝っていた。

「あ、あれ、俺なにか悪いこと言ったかな?それとも、新生活で何か嫌なことでも…」

慌てる和彦さんに俺は首を横に振るしか出来なかった。そうすると隣に彼は腰掛け、優しく頭を撫でてくれた。

「何があった?俺でよければ相談に乗るけど」

優しくて暖かい手。涙は止まるどころかとめどなくあふれてくる。

「り、立夏くん?」

戸惑う和彦さんの声にいたたまれなくなり、俺はソファを立ってわき目もふらずに外へ飛び出していった。後ろで呼び止める声が聞こえるけれど、聞こえないふりをした。

着の身着のまま、自分のアパートまで戻ってきて気付いた。荷物をまるまるマンションに置き忘れていることに。スマホも財布も部屋の鍵もカバンの中だ。かと言って 戻るのも気まずい。アパートの部屋の前で呆然と立ち尽くしていると階段を息を切らして登ってくる気配がした。

恐る恐る振り返るとそこに立っていたのは、肩で息をして前かがみになっている和彦さん。

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