ナーバス・ジーニアス
お笑いコンビ「アルプス」のツッコミ担当の灰谷は、ボケ担当で容姿よし、性格よし、頭脳よし、笑いのセンスよしなハイスペ芸人倉田の秘密を唯一知る人物。実は倉田は超がつくほどメンタルが弱く、ささいなことで灰谷に泣きつき、慰められ気分が落ち着くと、灰谷を抱くクセがあった。
「ハイジ…俺もう無理かもしれない」
俺の目の前で、1人の男が啜り泣いている。
俺はこの男からこのセリフをもう500万回は聞いている気がする。なんなら、今月はこれで10回目だ。
俺はお笑いコンビ「アルプス」のツッコミ担当、灰谷真二(はいたにしんじ)。通称ハイジ。
そして俺の安アパートの居間、俺の向かいで泣いているのは相方でボケ担当の倉田輝(くらたあきら)。通称クララ。ハイジとクララだから、アルプスだ。
出会いはお笑い養成所。
俺は血眼で相方を探している一方、クララは引く手あまたの中コンビを組んでは解散を繰り返していたのだが、あるときひょんなことからコンビを組んで、今年で7年目になる。
ちょこちょこ漫才コンテストで準優勝や優勝させてもらえるようになり、メディアへの露出も増えてきた。
目指すは1番デカい漫才グランプリでの優勝。俺はクララ――倉田となら優勝できると確信している。
平々凡々な俺とは違い、倉田は外見よし、性格よし、頭脳よし、おまけに笑いのセンスよし、と神に二物どころか四物も与えられた男だ。当然、ネタもこいつが書いている。
俺達の人気が鰻登りなのは、こいつの書くネタと俳優並みの外見、誰にでも好かれる性格のおかげだと思っている。
だが一見非の打ち所がなさそうに見えるこの男、実はとんでもない欠点がある。
メンタルがめちゃくちゃ弱いのだ。心臓のサイズは蟻以下かもしれない。
やれ、ボケのセリフのタイミングを見誤っただの、トーク番組でカットされた部分が多かっただの、本当にクソどうでもいい細かいことまで気にしては病んで俺の家に来て「もう無理かも」と繰り返し、泣きじゃくる。
「う、ううっ…ハイジぃ〜俺もう無理だよ〜。この前の番組のプロデューサーにも嫌われてるっぽいし、新ネタも何も思い浮かばないし、もう漫才やれないよ〜」
抱きついてきた倉田を受け止め、やれやれと思いながら体格差のある広くたくましい背中をさすってやる。
「プロデューサーもお前のこと嫌ってねえし、むしろ裏で褒めてたし、ネタはすぐ思いつく! 漫才やり続けられっから、心配すんな! なっ?」
いつもどおり、ありとあらゆる方向から慰め、励まし、褒め続けているとしばらくして倉田は涙を拭いながらほほえみを浮かべた。
「…ん、ありがと、ハイジ。元気出た」
端正な顔で微笑まれ、心臓が変な音を立てる。
倉田がゆるりと体を寄せてきた次の瞬間、俺は変な声を上げて飛び跳ねた。
すりすりと、あいつの手が俺の股間を撫でていた。
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