あふれる愛をささやくのは (Page 2)
「結構、並んでるね」
「うん。人気店だから」
力が抜けた頃に逃げ出そうと思っていたけど、思惑に気づかれてるのか、明人は背中に回って俺を抱きしめる。
首元に顔が寄せられ、耳元で囁かれた。
「ユキっていい匂いするね。甘い花の匂いがする」
「ひゃっ…!」
「え?」
はっと口をふさいでももう遅い。
「へえ…耳、弱いんだ?」
低い声が耳に響き、するりと頬を指がなぞる。
声を出さないように息を殺し、口を覆いながらぎゅっと目をつむった。
弟にちょっかいかけられて感じるとかガチであり得ない。
俺の恋愛対象は男で、ネコ専かつ発散頻度も高いから感じるのはしょうがない。
でも弟でも感じるなんてあまりにもクズすぎる。
「ユキ、ホテル行かない?」
ふぅっと耳に息がかけられながら言われた言葉は信じられないものだった。
「やっ…!」
反射的に突き放すと列からはずれ、そのまま明人から逃げ出した。
弟となんてありえない。
ましてやアイツは俺を女だと思ってる。
兄がこんな格好して、女だと思わせて弟とデートなんてありえない。
アイツがホテルに誘ったのはさらに問題だ。
*****
一人暮らしをするマンションに帰ってくると、扉に寄りかかったまま深呼吸をした。
「…くそっ」
肩に残る温もりが消えない。抱きしめられた熱と耳に残る甘い声が消えてくれない。
女の子が言われるはずの言葉を俺は言われて、女の子が抱かれるはずの腕に包まれて…。
三十過ぎのおっさんが女装をして、大学生とデート。それだけで笑える。
なのに十も離れた兄が女装して、大学生の弟とデート。これは死活問題。
もう二度とあの場所には行かない方がいいかもしれない。
また会ったら最悪だし…。
*****
あれから一か月が過ぎた。
明日から三連休。
気分転換に女装して映画を見にいって、終わったら贅沢に食事をとろう。
そう思ってたのに、映画館の入口で俺は明人に見つかった。
引き返そうとしても明人は全速力で俺の腕をつかみあげる。
「逃がさない」
「っ…!」
「ずっと待ってたんだ! お願いだから逃げないで!」
ぎゅっと背後から抱きしめられ、明人のか細い声が耳に届いた。
会わない方がお互いのため。
それなのに明人には伝わらない、伝えられない。
「ねえ、ユキ。お願いだから一緒にいて、置いてかないで」
その言葉に、プツンッと自分の中のなにかがはちきれた。
「…離せよ」
低い声で言えば、明人は離れるだろう。
だって口説いていた女性が、実は男性だなんて…。
なのに明人はより一層、腕に力を込めて指を絡ませてくる。
「紗雪兄さんの家に連れてって」
「なっ…気づいて…!」
「家に連れてってくれるよね?」
「…わかった」
手を離すことは許されず、明人は俺のカバンを取り上げて自分の肩に下げた。
逃げることを許さないとでもいうように。
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