箱庭へ続くキミの幸せ (Page 2)

*****

「夏鳴(かなる)、この子をお願い」

 暑い夏の日、男の子が生まれた。

真っ白な病室で、彼女はその子を腕に抱える。

俺と同じ夏の季節に生まれた彼女の子どもを。

「ねえ、夏鳴。この子を彼と一緒に育ててくれないかな?」

「…隆紘に子育ては無理だよ」

「そんなことないわ。彼は少し不器用で、あなたが何よりも大切なだけよ。それにね、この子の名前は──」

 子どもの名を知らせて間もなく、彼女は息子を腕に抱えたまま息を引き取った。

*****

 俺の世界は広くて狭い。

 誰の手も届かないあの場所には、明るい日差しが差し込み静かな時間を与える。

 広くてきれいな部屋に閉じ込められて、俺は俺の好きな人にしか会わない。

 そんな彼の愛から解放されたのは、『彼女』のお見舞いのときだけ。

 出産した彼女に会う日だけ、俺は自由に外に出られる。

 だけど彼女が亡くなった今、それはもう叶わない。

またあの箱庭に閉じ込められることはわかっていた。

 そう思った瞬間、俺は逃げた。

 彼女の子ども、『紘夏(ひろか)』を連れて…。

*****

「ぱぱぁ、あのお兄ちゃんだぁれ?」

「え?」

 俺と手をつないで歩いていた息子の紘夏(ひろか)は、足を止めて反対の手で前を指さす。

 二階建てアパートの前、塀に寄り掛かって白い息を吐く男を見つけた。

 身だしなみの整った上品な風格で、年齢は同じくらいの二十代後半。

 それから見覚えのある整った顔。

「ッ…たか、ひろ…?」

「たかひろ? ぱぁぱの知り合い?」

 ぎゅっと小さな手を握る力を強め、一歩後ろに後ずさる。

 けれど、紘夏は前を見るけど動こうとしない。

 そして、彼はゆっくりとこちらを見た。

「おかえり、カナ」

 その声に脳内にサイレンが鳴り響いた。

 ここで騒いだら、近所迷惑になる。

 紘夏も驚かせてしまうし、だからといってこのままでもいられない。

「ぱぁぱの知り合い?」

 そう問いかける紘夏に近づき、目線を合わせると隆紘は微笑んだ。

「そうなんだ。…ねぇ、カナ?」

 こちらを見上げる隆紘に俺はただこくりとうなずく。

 この場所がバレてしまった以上、もう隠れることはできない。

 それに何より、紘夏に危害が及ぶことを避けたかった。

「それじゃあおうちに一緒にはいろ? ボク、おふろにはいるからぱぁぱとお話してて!」

「紘夏くんはいい子だね。ありがとう」

「どういたしまして!」

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