今夜、波の煌めく海岸で。 (Page 2)
ところで、俺達は仕事柄身体がいかつくなりやすい。
俺の場合も185cmと身長が高く、仕事で鍛えられた筋肉でいつの間にか横にも幅ができゴツゴツしてしまった。
加えて根っからの九州男児で顔が濃い。真っ黒な短髪に太くつり上がった眉、奥二重の三白眼で目つきもあまりいいとは言えない。そのうえ口下手でほとんど話せないのでよく恐い人物と誤解されてしまう。本当は可愛いものが好きで姪っ子(めいっこ)にぬいぐるみを作ることさえあるが、まず気づかれることはない。
それに比べ、日々同じ仕事をこなしているはずの吉野の身体は、線が細く170cmの身長に長い手足がすらっと伸びていて、いつもどうやって重い機材を運んでいるのか不思議なくらいだ。しかも仕事帰りにそのまま飲みに行くときにも汗の匂いを感じたことがない、それどころか地毛の明るい茶髪からはシャンプーのいい香りがするくらいだ。同じ職場で働いているとは信じ難い。
健康的な小麦色の肌を持ち、顔立ちも端整で艶のある小さな顔にほどよく高い形のいい鼻、ぷくりとした薄桃の唇、そして、大きな目を持っている。元の色素が薄くひまわりのように綺麗にならんだ虹彩は彼の顔をより魅力的にみせた。
いかにも異性に人気のありそうなルックスをしているから誰かに取られないかといつも心配だ。
「お前は女つくらないのか」
できればいてほしくない。
それに対して吉野は、何を言ってるんだとでも言い出しそうな反応。
「いや、わかるでしょ先輩、俺達のどこにそんな時間があるんですか…」
余計に落胆する吉野。
彼はヤケになって勢いよく糸を引いてみたが、釣果も虚しく仕掛け餌がぶらぶら揺れるだけだった。
俺も引いてみたが同じだった。
「大物釣るのと同じくらい、女の子と出会うのはむずいですよ」
確かに今の環境で出会いを見つけるのは厳しいかも知れない。
男だらけの職場で日々仕事に明け暮れている俺達にとっては、口説いた後デートを繰り返すことも付き合い続けるための時間を作ることも難しい。
「そうか…」
内心ほっとした。
いくら時間がないとはいえ、吉野みたいな美形だと何が起こるかわからないからだ。
少しでも独占したくて毎週彼を誘ってはいるが、本当にいつも不安だ。自分だって吉野を意識するまでは女が好きだった。こいつだって同性よりも柔らかくて綺麗な女性の方がいいと思うだろう。
「俺…」
目を伏せた吉野は何かを言いかけて口ごもった。
俺が、なんだと聞き返しても何も言わない。
「やっぱり、なんでもないです」
吉野は立ち上がると釣り竿ごと飛んでいくんじゃないかと思うくらいに思い切り沖の方へ仕掛けを投げた。風のような高い音が空を切る。遠くでそれは着水した。
「俺は彼女とか要らないです。先輩と気兼ねなく遊んでる方が好きなのかも」
こちらとしてはかなり嬉しい答えだった。吉野はまた座り込んだ。
「俺も、趣味に没頭してると彼女が欲しいとかそういう欲、忘れちまうよ」
何となく話を合わせてみるものの、不甲斐なくなって頭を掻いた。本当はちゃんとした理由があるのに。
「うわあ先輩、それ独身まっしぐらなやつじゃないですか」
吉野はそんな俺を茶化した。
その笑い方には茶目っ気がありとても可愛かった。
「言うなよ、楽しくないよりずっとマシだろ、とにかくお前が毎回付き合ってくれて助かってるよ」
「いや…俺も先輩といると楽しいですから」
彼は照れくさそうに小首を傾げて微笑んでみせた。
その後は何となく沈黙が続き、そのまま静かな時間が流れた。
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