コーヒーとご一緒に、美味しい時間をお届けいたします (Page 2)
「こんにちは、今日もよろしくお願いします」
制服に着替え気合を入れながらキッチンに入ろうとすると、店長に呼び止められた。
「海野君、今日からホールメインでお願いしたいんだ。休みまでの1か月は接客メインにしよう」
「わかりました」
店長とそんな会話をしていると、店のドアが開いた。
木崎さんだ。お店のビルの上階に事務所を持っている税理士さんで、モーツァルトもお世話になっていると聞いている。
しっかりした長身に濃いグレーのスリーピースを着こなした木崎さんは、今日もとっても格好いい。半年前にバイトを始めてから、ずっと憧れている相手だ。
「木崎さん、いらっしゃい。今日も男前だね。じゃ、海野君、あと1か月だけど頑張ってね。私はドリンクの腕前を披露させてもらうから」
店長が軽く手を振ってカウンターに入っていく。
「いらっしゃいませ」
夢の内容を出来るだけ追い払いながら挨拶をした。
「あ、海野君がこっちなの珍しいね。久しぶり」
端正すぎる顔のせいか、最初は冷たい印象のある木崎さんだけど、話をしてみると優しくて頼りがいを感じさせる。
少し微笑んだときに、たれ目になるのがすごく可愛い。
「はい、しばらくはホール担当になりました。席、どちらにされますか?」
「奥の席にしてもらえるかな。あと、ブレンドをひとつ」
店長の淹れたブレンドを席に運ぶと、木崎さんに「少しだけ、雑談いいかな」と呼び止められた。
いいですいいですもちろんです!と思いながら、店内を見回すと大丈夫、余裕あり。
「はい、大丈夫です。どうかされました?」
少し腰をかがめて木崎さんに向き合う。
「海野君、お店やめるの?」
「え?」
木崎さんがこんな質問をするようなことは、今までなかったので少し驚いた。
そもそもドリンク担当の僕は会話もなかなかできなかったけど。なんですか木崎さん、僕に興味があるんですか。
見ると木崎さんは、親指でコーヒーカップの縁を擦りながら、ちょっと気まずそうに僕を見上げている。
夢では僕のを擦ってくれていたなぁと思い出してしまった。
「さっき店長と話をしているのが聞こえて、残念だなって思ってね」
「そ、そ、そうですか。僕も残念です。え、えっと、そう言われて嬉しいです。あ、あと1か月です」
夢を思い出していたところに残念だなんて言われて、舞い上がってしどろもどろの返事になってしまった。
しかも、お店は辞めるわけじゃなくて、資格の試験勉強で一時的に休むだけなんだけど。
「ひと月か」
「あ、でも…」
きちんと説明しようとしたところで、来客があった。もう一人のスタッフは接客中だ。行かなくちゃ。
「木崎さん、またお話しさせてください。失礼します」
軽く会釈して、席を離れた。
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