コーヒーとご一緒に、美味しい時間をお届けいたします (Page 3)
それからは慌ただしくて、木崎さんの誤解を解けないままバイト終了時間の21時になってしまった。
「海野くん、少し早いけどバイト上がって、帰りがけにコーヒーの配達を頼めるかな。遅い時間だから男の子に行ってもらいたいんだ」
お店では、頼まれればお得意さまにだけドリンクの配達もしている。
「いいですよ。回収はどうしますか?」
「大丈夫。ビルの上の木崎さんのとこで、明日、本人が持ってきてくれるって」
事務所に行ける!今日は2回も木崎さんに会えるなんて、なんてラッキーなんだろう。
「木崎さん、こんな時間まで来客対応なんて大変ですね」
「売れっ子みたいだからねぇ。仕事が早くて評判なんだ」
木崎さん、仕事もできる男なんですね。ますます格好いいです。いつかは僕も契約します。
どうしてもニヤニヤしそうになるのを、どうにかこらえてコーヒーのセットを受けとった。
*****
エレベーターで木崎さんの事務所に向かう。
ドアには「木崎雅範税理士事務所」のプレートがついていた。
フルネームはきざきまさのりさんだったんだ。
夢の続きが見られたら、今度は必ず雅範さんと呼ぼう。
インターフォンを鳴らすとすぐに木崎さんがドアを開けてくれた。僕の顔を見て微笑んでくれる。
「モーツァルトからコーヒーのお届けにあがりました」
「遅い時間にありがとう、中に入ってくれるかな」
初めて入った事務所の応接室は、重厚なテーブルやソファーと背の高い資料棚に囲まれて、威圧感を覚えそうなのに不思議と落ち着く部屋だった。
お客様の姿は見えない。
「コーヒーのセットはテーブルでよろしいですか?」
「どこでもいいよ。ごめん、君と話をしたくて頼んだんだ」
驚いて振り向くと、バツが悪そうな表情の木崎さんがすぐ後ろに来ていた。
「バイトが終わるって聞いて、焦ってしまって」
木崎さんは固まっている僕の手から、コーヒーセットを取り上げてテーブルに乗せた。
肩を軽く押されて、並んでソファーに座らせられる。
「感じていたと思うけど、私はずっと海野くんに惹かれていて」
「え」
「君からの好意もわかっていたんだけど」
突然の告白と、自分の想いがとっくにバレていた事に頭が追い付かない。
返事もできずに、木崎さんの顔を見つめた。
小さくて形がいい頭。高い鼻梁(びりょう)。切れ長なのに笑うと優しい目元。削げた頬にはいつもは見えない赤みが差している。
「年もひと回り離れているし、どうしたものかと悩んでいたんだ」
「あ、あの」
「でも、もう少しで君に会えなくなるかも知れないと思ったら、我慢ができなくなった」
僕の顎に木崎さんの指がかかる。軽く持ち上げられて唇にキスを落とされた。
「私の恋人になってくれないかな」
「…キスのあとに聞くんですか。もちろん、なりたいです」
初めてのキスが照れくさくて、ぶっきらぼうに答えると木崎さんは笑いながら、僕をソファーに押し倒した。
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