月曜日の憂鬱
社会人2年目の大沢仁は、直属の上司である氷山透にこき使われる日々を送っている。仕事をどんどん任せてくる氷山に大沢は辟易していた。そんなある日、コンペの打ち上げで泥酔した氷山を大沢が介抱することになり、2人の距離感が急速に縮まる。
「大沢、これ月曜朝までパワポにまとめといて」
金曜日の昼下がり。
パソコンと睨めっこをする俺の前に、新たな書類が積み上げられる。
思わず溜息をつきそうになるのを抑えて、目の前の人物になんとか媚びた視線を向けた。
「氷山さ〜ん…俺、さすがに今日は終電前に帰りたいんスけど…」
直属の上司である氷山さんへ恐る恐るそう懇願するが、案の定怪訝な視線を向けられる。
「じゃあ終電前に帰れるように終わらせればいいだろ」
「う…それはそう、ですけど…」
「このくらいなら3時間あれば余裕だから。お前は、内容理解して資料に落とし込むまでが遅いんだよ」
確かに彼が言う通りだった。
俺には資料づくりの才能が著しく欠けている。あいにく、今日はいつもフォローしてくれる営業アシスタントの菅野さんも休みだ。
月曜朝までとなれば、なんとか俺だけで間に合わせなければいけない。
「今は13時過ぎ。お前、今日外に出る予定もないだろう?充分間に合うはずだから頼むぞ」
「は、はい…」
惚れ惚れするような綺麗な顔をしている分、眉間に皺が刻まれると冷たい印象が強くなってしまう氷山さん。
それを見て、まるで現実逃避をするかのように「もったいないなぁ」と考えながら、俺は再びパソコンへ向き直った。
*****
「はぁ〜…」
週が明けて月曜日。
朝に氷山さんへ資料を見てもらい、なんとかオッケーをいただき一安心。
まだ朝なのに、妙に気疲れした俺は机に突っ伏し溜息をついてしまった。
そんな俺を見て、休暇明けの菅野さんが苦笑する声が聞こえた。
「仁くん、まだ朝だよー。しかも月曜だし。なんでもう疲れてるの?」
「だって…氷山さんが俺に無理難題を…」
菅野さんは泣き顔の俺を目の前に、また困ったように笑った。
彼女は子持ちの人妻で、その姉御肌で頼りがいのある人柄から、入社2年目の俺にとってはもはや母のような存在だった。
「でも私から見たら、氷山さんは仁くんに期待しているように思えるよ」
「期待?」
「仁くんってさ、細かい仕事が苦手っていう短所はあるけど、営業成績は申し分ないでしょ?よく気も利くしさ」
「…そ、そうですかね…」
「そうだよ!だから、氷山さんは仁くんの出来ることを増やしてあげたいんじゃない?」
「うーん…だったらもう少し言葉があってもいいんじゃないかって思っちゃうんですけど」
「まぁね…氷山さんもまだ若いうちに部長まで出世しちゃって、その辺りのフォローがまだ上手く出来ないのかもね」
菅野さんの言う通り、確か氷山さんはまだ28歳だったと思う。
俺と数歳しか違わないのに、多くの部下をまとめているというのは尊敬に値するけど、それにしても俺からしたら少し当たりが強いのではと思ってしまう。
でもここは、気を遣ってくれた菅野さんの言葉を素直に受け取ることにして、外回りに出掛けた。
*****
それからしばらく、俺は変わらず氷山さんにこき使われる日々を過ごしていた。
しかし、俺と彼の関係が激変する出来事が突然訪れる。
「じゃあ、仁…俺たち行くけど、部長頼んで大丈夫か?」
「おお…方向一緒だし、いいよ」
コンペの打ち上げで、珍しく酔い潰れた氷山部長。
彼の性格上表には出さないが、かなり根を詰めて挑んでいたので、受注が決まったことでかなり舞いあがっていたのだろう。
「…う…すまん、大沢…」
俺の肩に寄り掛かり、頬を上気させ涙目でこちらを見上げる氷山さん。
普段の毅然とした態度からは考えられないその弱々しい表情に、思わず唾を飲んでしまった。顔も整っている分、彼が男だということを前提にしても俺を動揺させるには充分だった。
「だ、だから、大丈夫ですから!いつもお世話になってるんで、気にしないでください。さ、タクシー乗りましょう」
「ああ…」
タクシーをなんとか捕まえ、同僚たちに手を軽く振りながら車内へ氷山さんを突っ込むように乗せる。
面倒そうな顔をする運転手が行き先を聞いてきたので、とりあえず俺の自宅を指定した。氷山さんは道案内出来なさそうだし。確か彼の家は俺の家から近かった筈だから、落ち着いたら帰ってもらえばいい。
それより、座席にしなだれかかり気持ち悪そうに表情を歪ませる氷山さんを眺めながら、頼むから着くまで吐かないでくれよと密かに願った。
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