今夜、波の煌めく海岸で。
永井幸弥は初めての感情に困惑していた。ノンケだったはずなのに、最近職場の後輩、吉野純心に好意を抱いているからだ。元々仲のいい純心ともっと親密になりたい。でも嫌われたくない。戸惑いながらも毎週釣りと言って秘密の海岸に誘っているが──
永井幸弥(ゆきや)28歳独身。俺は後輩の吉野純心(じゅんしん)に好意を抱いてしまっている。
きっかけはバカバカしいほど単純で、3月の海辺で釣りをしていて、彼の服が海水に濡れ、慌てて着替えていた。そのとき初めて見た彼の裸が俺の目にとても美しく映ったからだった。
どうしても、気持ちを伝えたい。
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5月。仕事明けの土曜深夜、俺達はある漁港で釣りをしていた。前から一緒に釣っていたが、最近は毎週誘っているので最早土曜の恒例になりつつある。
深夜で、かつ草をかき分けた先にある穴場なのでここには誰も来ない。意識し始めてから敢えてここを使っているが、2人きりになるとやはり脈が上がる。
クーラーボックスを挟んで並んで地面に座り、他愛もない話をするだけでも幸せで死んでしまいそうだ。朝なんか来てほしくない。
「先輩、俺本当にきついです今の現場」
海面に沈む釣り糸を眺めながら吉野はぼやいた。
春の夜釣りは風が穏やかで静かなさざ波に合わせて漂う磯の香りが心地いい。満月にほど近い上弦の月の明かりで吉野の表情がよくわかった。
「うん、公共系の現場は夜間やるしかないもんな」
「そうですよもう1ヶ月も夜型生活だとなんかどこか力入らないんですよね、夜釣りが負担なく楽しめるのはいいですけど」
適当なジャージ姿で釣果を待ちながら、2人大きくため息をついた。
「けどお前は偉いよ、20人いた新人の中で唯一生き残って仕事に喰らいついてるんだから」
何が励みになるのかわからないときは素直に思っていることを伝えるようにしている。
俺達は電気工事士。
仕事先は幅広く、場合によっては夜間に施行しなければならないし朝も晩も土曜も日曜もどこかしらの現場は動いているので、電気工事士にまとまった休みはほとんどない。
重労働、残業過多、休日出動も多い、となればほとんどの若者はすぐ退社してしまうし、残ったとしても日々のストレスは大きい。
丸10年勤続している自分も、我ながらよく続けられたものだと思っている。
6歳年下の吉野も、もう勤続4年目になる。
彼は根気強く仕事のできる今時珍しい若者だと評判だ。
ほとんど同じ現場に配属されたことがないのに、こいつと親しくなったのも数少ない若者同士の親近感からだった。自分達はよくつるんでは遊びに出かけていた。
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