恋人が営むバーでした甘くて塩辛いキス

・作

穂村洋司(ほむらようじ)は想いを寄せていた時村直也(ときむらなおや)にフラれ、慰めを求めて姫野美琴(ひめのみこと)と付き合う。それから何年か後のある日、美琴に会いに行くと半ば無理にキスをされる。誘われるがままセックスにもつれこむが…

「バカですね。一介のバーテンダーがお客さんの、しかも同性の告白に真剣に応じるわけないじゃないですか」

常連客へかけるには相応しくない小バカにした言葉の直後、カウンター越しに唇を塞がれた。

「まあ、僕は一介ではないので行き場のないその気持ち、どうにかするのは可能です」

はしご酒をして酔いが完全に回ったからに違いない。

「僕は貴方が好きです…付き合って、ください」

失恋の傷を癒すような甘い誘い。

口角だけを上げた妖しげな笑み。

そして、想い人にどことなく似ている見た目や雰囲気。

弱った心を慰めるようなそれらの要素に、ためらいなく甘えた。

*****

「僕も君と顔を合わせて話をするのは好きだ。だから、また来てくれるのを待ってる」

決死の思いでの告白にそう返答したのは、よく行くバーのマスターである時村直也。

はぐらかしているのかいないのか。

どちらにしても、それは店の経営者として当然の回答。

周年で花やプレゼントを渡そうが、足しげく通って顔を合わせてもムダなんだ。

お客とマスターという関係が発展することはない。

頭ではそう理解しているが…

告白された何年も前の日をまるで昨日のできごとのように思い出しながら、2軒目の店の扉を開けた。

「いらっしゃいま、…貴方ですか」

言いかけた営業文句を中断して迷惑そうな顔で言うのは、このバーのマスターで恋人でもある姫野美琴。

バーらしく店内が薄暗くてジャズが流れてて、こじんまりと落ち着いた雰囲気が気に入っている。

「愛する恋人に向かって、その言い方はないっしょ」

陽気な口調で言いながら、真ん中のスツールに腰かけてカウンターテーブルに荷物を置く。

閉店間際のせいか、店内は美琴と2人きり。

「ドリンクもラストオーダーです。どうしますか? それなりに酔っているみたいですが…」

「じゃあ一緒に飲んで…キューバリブレ」

「かしこまりました」

グラスや氷の涼しげな音が、鼓膜をそっと振動させる。

「それで、彼には会えたのですか?」

美琴が手元から視線を離さないまま、世間話のように聞いてくる。

「わかる?」

「貴方ともう何年付き合ってると思ってるんですか」

「会えたし、話もできた…まあ、忙しそうでお酒は作ってもらえなかったけど」

「そうですか」

「オープン当初や独立前と違って何人も従業員抱えてるし? 最近は店舗数も増やしたし? 忙しいのは当然だけど」

「そうですよね」

「前みたいに気軽に話せないのも、お酒作ってもらえないのもわかってるのに…行かずに、顔を見ずに居られないというか、何というか…」

「キューバリブレです。お言葉に甘えて、僕も遠慮なくいただきます」

手元と隣に氷が浮いた細長いグラスを2つ置くと、美琴はカウンターから離れて店内から出た。

そして店の名前と営業時間が書かれた看板と共に戻り、店内のジャズを止めるとそのままグラスが置かれた場所に腰かける。

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