ブラックコーヒーにミルク (Page 6)
六
「いらっしゃいませ」
低いしゃがれた声に出迎えられる。
きょろりと辺りを見回すも、客は私一人のようだ。
窓際に座り、「コーヒーを」と手を挙げる。
店主が「はい、ちょうど用意してたんですよ」とコーヒーを持ってきてくれた。
「あれ…」
「ああ、ソウタがね、お客様がいつも17時にいらっしゃるから、それに合わせてコーヒーを入れておいてくれと言いましてね」
「そうなんですか。それで…。そのソウタくんは」
私が不思議そうに店主を見ると、彼は、ああ、と頷いた。
「ソウタね、夏休みは昨日までなんですよ。今日からはもう地元に戻って、また学生生活。いやあ、一人だからお待たせしてしまったらすみませんね。まあ、お客様はあまり来ないんだけども」
自虐的に店主が笑う。
「…ああ、そうだったんですね。どうりで、姿が見えないと思いました。そうか、そうなんですね」
「昨日もね、最後の日だからってお店をぴかぴかにしてくれたんですよ。私が最近好きな、なんていうんです、アイドルですか。アイドルのライブのチケットまで用意してくれてね。叔父さんは楽しんできてね、と」
叔父が駄々をこねまして、と困ったように笑う彼の顔を思い出す。
「本当によくできた甥ですよ。…ああ、すみません、注文決まったらまた呼んでください」
シャララ、とドアチャイムが鳴り、サラリーマン風の男性が入ってきた。
店主は、いらっしゃいませと言いながら、男性に水をくんだ。
私はコーヒーにうつる自分の顔を見た。
あの別れ際の彼の寂しそうな顔を思い出し、そうか、と納得してしまう。
私はカップに口をつけ、コーヒーをひとくち飲んだ。
熱い液体が喉を落ちていって、昨日の彼を思い出してしまった。
なんだか目頭が熱くなるのを感じて、私は窓の外を見た。
彼が走っていった改札が遠くにある。
昨日追いかけて抱き締めればよかったか。
帰らないでくれと言えばよかったか。
せめて連絡先くらい聞けばよかったか。
今から追いかけても遅いだろうか。
遅いだろうな。
「…すみませーん」
手を挙げて店主へ声をかける。
「コーヒーのミルク、いただけますか」
今日のコーヒーは、私には苦すぎる。
Fin.
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