堕ちた愚弄御曹司~性欲は金でなんか満たせない~ (Page 3)
初めて松永に会った時、優し気な雰囲気に拍子抜けしてしまった。
社長をしている親父とは対照的に、しらが交じりの髪を無造作に固め、アイロン掛けしていないシャツはよれてみっともなかった。けれども、彼には気品がある。それが、カースト上位者の姿なのだろうか。
「君が奏くんだね。お父さんから話は聞いているよ。上がって、お茶でも飲んでくれ」
玄関の扉を開けた彼の不用意な優しさが俺の逆鱗に触れた。
握手を求めた相手の手を振り払い、『へぇ。あんたがマツナガっていうおっさんねぇ…』とイキがってしまったのだ。
この時、彼の表情が恐ろしいものに変わったことに気づいていればよかった、と今は思う。
「君にお願いしたいのは、雑用なんだけど」
一息入れた後、先が見えないくらいの長い廊下を歩きながら、松永は掃除場所の案内をしてくれたのだが――数が多すぎて覚えきれそうにない。
松永は言葉にトゲのある奴だったから、そんな俺の様子を見て、親父から聞かされていた通りの“バカでどうしようもない男”だと決めつけたらしい。
『君には一部屋を覚えるだけでも難しいかもしれないけどね』と冗談めかしていた。
*****
「ここが奏くんの部屋だよ」
ヘトヘトになりながらも俺は、1階の日の当たらない角部屋(かどべや)に案内された。
室内は硬そうなベッドが1台と、飾り気のない木枠で作られたドレッサー、クローゼットが用意されていた。
「我が家はセキュリティが厳しいんだ。君が持ち込んだものはすべて、預からせてもらったよ」
「なっ!!」
いつの間にかポケットに入れていたスマホは抜かれ、松永の手の中に収まっていた。テレビやパソコンは彼と共同らしい。これでは、清貧(せいひん)な暮らしを求められる修道士と似たようなものではないか。
「異論がなければ、着替えてもらおうか。これが松永家に仕える使用人の正装だ」
彼がクローゼットの中を開けると、そこには黒い生地に白いフリルがたくさんあしらわれたメイド服が掛けられていた。
「お、おっさん…正気か?俺、男だぞ?」
「――残念ながら着用は義務だ。身に着けなければ賃金はやらん…いいか、お前の両親が誤った“しつけ”を、俺の方で再教育してやる!」
先程までの穏やかな口調とはまるで異なり、気性が荒くなった松永は、引き出しから女物のストッキングと、薄手のショーツまで出してきて、床の上に並べた。
「これらを身に着けるまで、部屋から一歩も出さんからな」
そう言って、彼はドアに鎖を何重にも巻きつけ、南京錠(なんきんじょう)を掛けたのだ。狂っているとしか、いいようがないではないか。俺は察した。この松永という男、表向きは紳士ぶっているが、本性は、使用人に女装を強要する変態野郎だったのだ。
「誰がそんな気持ち悪ィの着るかよ!テメェがド変態だなんて、親父から聞いてねぇぞ!俺は帰る!!」
ズタズタと彼へ向かって歩いて行き、胸ぐらを掴んで『鍵を寄こせ』と怒鳴る。こんな奴なんかほっといて、自由になりたかった。
「鍵?あぁ、コレのことか…」
松永は握りしめていた鍵束の中から、ひとつを外した。
「それ、それ寄こせよ!早く開けろ!!」
「奏。お前はやはり言葉遣いがなっていないな…ご主人様を“おっさん”呼ばわりした挙句、雑用に使うだなんて」
松永は、こちらをあわれんだ目で見つめたかと思うと、外した鍵を口に運び――。
「…うそ…だろ…」
俺の目の前で飲み込んでしまったのだ。
「これで、私たちはこの部屋から出られなくなってしまった。お前がさっさと着ていればこんなことにはならなかったのに」
「――どうせ脅しだろ?」
「さぁ、どうだか。だが、お前はあと15分も持たないかもな…さっきからずっとガマンしているんだろ?」
その返しに、ギリリッと奥歯を噛み締める。松永の言葉通り、俺はあと15分と持たないだろう。この部屋に案内された時から、強烈な尿意を感じていたのだ。
最近のコメント