幼馴染は俺を求め、不眠症と偽った

・作

幼馴染の仁(じん)は極度(きょくど)の人見知りで、いつも俺、弘毅(こうき)の後ろをついて回っていた。大人になった俺たちは仁の不眠症をきっかけに、肉体関係を持つようになった。

 実家の隣に住む幼馴染の仁は昔から大人しかった。

 いつも俺の後ろを歩いて、口下手な上に話す声は小さくて、自分の親にすら心を開かない子どもだった。

 中学校の時にクラスメイトとのちょっとしたトラブルをきっかけに不登校となってからは俺とも疎遠(そえん)に――。

 仁は通信制の高校に通い、同級生よりも二年遅れて卒業した。

 卒業した日、仁は久しぶりに俺を訪ね、挨拶よりも先に「やっと弘毅に追い付いた」と笑って報告してきた。

 だから、俺も「おめでとう」と笑い、手を差し出した。

 握られた手は暖かく、久しぶりに見た仁の笑顔は昔となにひとつ変わってなかった。

 俺の記憶に残る仁は、人見知りをして泣いている子どもでも、人間関係に悩んでる少年でもなくて――。

 いつも俺のあとを追って、俺が振り返ると嬉しそうに笑う無邪気(むじゃき)な幼馴染だった。

*****

 買い物袋を引っ提げて古びたアパートの外通路に立ち、インターホンを鳴らす。

 数秒後にガチャリと開くドアの隙間から生気を感じさせない顔が覗き、黒い瞳が俺をとらえた。

 ――弘毅――。

 人間の耳では聴き取れないほどに小さな声で名を呼ばれ、相変わらずだなと苦笑した。

 部屋の主である仁が俺を招くようにさらにドアを開けたのを見て、俺は部屋の中に足を踏み入れた。

 外観は古くとも、内装はリフォーム済みで冷暖房完備、それなりに綺麗で家賃は格安。

 仁は高校を卒業後に実家を出て、このアパートで一人暮らしを始めていた。

 奥へと進む仁に続き、狭いキッチンとユニットバスの前を通り抜け、六畳間の手前で足を止めた。

 窓のある壁際に置かれたシングルベッド、実家から持ってきた古びた洋服だんすの他には大きめの本棚が一台と一人用のローテーブルがあるだけ、でも居心地は悪くはない。

「食い物とお茶持ってきたから、あとでちゃんと食えよ」

 言いながら俺はすぐ横にある冷蔵庫を開けた。相変わらず水と調味料以外に入っているものはなく…。

「あれ?」

 買ってきたものを冷蔵庫に詰めてドアを閉じたとき、脇に見慣れない小瓶が転がっているのに気が付いた。

 ドリンク剤…? 珍しい…と、小瓶を手に取りパッケージを確かめると――。

「――――」

 なるほどね…と、一度目を見開いて、次に口角を上げた。

「…先にシャワー浴びてくる」

 瓶を元の場所に戻し、なにも知らないふりをして立ち上がる。

 シャツを脱ぐ最中、背中に小さな衝撃感じた。

 足音もなく忍び寄ってきた仁が脱ぎかけのシャツの上から抱き着いてきた。

「今日は、先がいい」

 細い腕が背中から胸元に回り、肩にコツンと額(ひたい)があたる。

 仁なりの精一杯をこめた誘い文句。無精(ぶしょう)に伸びた黒髪から香る微かなシャンプーの匂いにめまいがした。

 脱ぎかけのシャツから手を離し、仁の冷たい指先に手を重ね、指を絡めることで答えた。

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