サンカヨウ~男娼ノ愛~ (Page 4)
その時、時が止まったような気がした。
「──身請け?」
「そうだ。御名方家と言う名家のお方でなぁ、いやぁ、良かったじゃないかお前も──…」
一生男娼として生きなくても、衣食住も保証され愛され生きれるのであろう。
でも。
(日織に二度と会えない)
素性のわからないくたびれた人の良さそうな歳上の男で、きっと金も無く、根無し草のような暮らしをしているだろう日織を想う。
彼もきっと困った様な寂しそうな笑顔を浮かべて「俺は寂しいが、雪之丞が健康に生きていられるならそれで良いさね」なんて笑うのだろう。
(日織、日織、日織。助けて助けて)
然し──。
日織は一向に現れることは無く、身請けの約束の刻限は近付き。
(逃げれば。折檻で済めば儲けもん、酷ければ…)
嫌な想像を振り払い決意を固める。
ならば。
紅を引き、長く伸ばした髪を結い上げ、色鮮やかな着物に袖を通す。
簪を差し。櫛を差し。香りを纏う。
いつもの様に振舞い、酒を注ぎ。歌い踊り。夜伽を済ませ──客の脇差を手に、窓から夜闇へ紛れる。
嗚呼、厭だ──。
冷たい雨がこの身を容赦なく打ち付け、体温を奪っていく。
かろん、かろん、かろん。
皮肉の様に、高下駄が鳴る。もう、汚れるのも気にせず脱ぎ捨て走り続ける。
色鮮やかな傘が、花の様に開き雨で白く煙る視界を彩った。
そうして、娼館から自分が消えた事が発覚したのか遠くで怒号が響く。
走る、走る、走る。
(日織、日織、日織、俺は!)
「雪之丞」
橋の上、追い詰められ悟る。
「観念しろ、雪之丞」
「嫌だ、俺は日織と生きれぬなら此処で、身を投げる」
ざあざあと耳障りな雨音が響く中、いやに静かな濁流の中へこの身を落とした。
この胸のサンカヨウはいつも雨に濡れ、色が無い。
*****
濁流に揉まれ、上下左右何も分からない。
だが、内なるものは酷く静かで、考えるのは日織の事だけだった。
日織の好きと。
俺の好きは。
対等ではなかったのだろうな。
濁流に揉まれながら、流れた涙は濁流に飲まれ、消えゆく。
(土左衛門かぁ…美しくないなァ…)
そんな事を思った時だった。ぐい、と腕を引かれ流れに逆らい引き上げられる。
「雪之丞!」
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