サンカヨウ~男娼ノ愛~
紅を引き髪を結い上げ、美しい着物を纏い夜伽を生業とする男娼の雪之丞は、1人の客に恋をする。だが雪之丞に身請け話が舞い込み…。胸の内の濡れれば透明になるサンカヨウの花弁を散らすのか咲かすのか。
嗚呼、厭(いや)だ──。
冷たい雨がこの身を容赦なく打ち付け、体温を奪っていく。
かろん、かろん、かろん。
皮肉の様に、高下駄が鳴る。もう、汚れるのも気にせず脱ぎ捨て走り続ける。
色鮮やかな傘が、花の様に開き雨で白く煙る視界を彩った。
「雪之丞」
橋の上、追い詰められ悟る。
「観念しろ、雪之丞」
「嫌だ、俺は──と生きれぬなら此処で、身を投げる」
ざあざあと耳障りな雨音が響く中、いやに静かな濁流の中へこの身を落とした。
*****
紅を引き、長く伸ばした髪を結い上げ、色鮮やかな着物に袖を通し、この身を飾り立てる。
どうせ脱がされ乱され汚されるというのに、飾り立てる必要があるのだろうか、そう思いながらも今日も女の様に──女以上に美しく在ろうと──身支度を済ませる。
それは生きる為の惰性でもあり、恋の為でもあった。
「雪之丞、日織様がお越しだ」
こくりと頷き、逸る気持ちを抑え長い廊下を静々と歩き座敷へ向かう。
膝を付き、静かに襖を開け目線を上げると長い髪を後ろで纏めがっしりとした身体の癖に柔和な顔で盃を傾ける、想い人が居た。
「お久しゅうございます、日織様」
「すまないな、忙しくて間が開いてしまった、拗ねているのか?」
「かようなことは…」
「拗ねてくれなんだか、俺は悲しいでさァ」
コロコロと笑うその男の隣に座り、そっと撓垂れ(しなだれ)掛かる。
「日織は意地悪だね。寂しかったに決まっているだろう?」
「ははは、相済まぬ。そう顔を曇らせんでくれ、俺はお前の笑顔がみたい」
「艶事の顔では無く?」
「もちろん、そっちも見させて貰うが」
盃へとくとくと酒を注ぐ。酒と、料理、音楽に舞。
金が絡まねば、逢瀬(おうせ)も儘(まま)ならぬ関係。それでも、彼との時間はとても幸せで、愛おしいと感じた。
「雪之丞、此方へ」
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