最低最悪の不倫 (Page 2)
「ねぇ、立夏、新しいアパート決まったのよね。確か…」
そう、これも偶然なのか神様の悪戯か、姉夫婦の新居マンションのすぐ近くなのだった。
「たまには遊びに来てね、ご飯食べてってよ」
明るい姉の言葉が重い澱のように心へ溜まっていく。
「うん、新婚さんの邪魔にならない程度にね」
もう、おそらく上手く笑えてはいないだろう。
「じゃあ、俺はそろそろ…」
「あ、そうね、新生活の準備があるものね、頑張ってね。本当にありがとう」
姉の笑顔が胸に刺さる。
「うん、本当におめでとう、姉さん」
それだけ言って踵を返す瞬間、ふと和彦さんを見ると、変わらない優しい笑みでこちらを見ていた。それがやけに、切なかった。
*****
それからまたしばらくして、新生活にてんやわんやな毎日を送っていた。慣れない仕事はしんどくて、毎日くたくただった。アパートに帰るとろくに食事も取らずにシャワーだけ浴びて寝て、朝は適当にパンとコーヒーだけ口に詰め込み出社する。
そんなある日だった、スマホに姉からのメッセージが届いた。今度の土曜日、空いてるならうちに来ないか、というお誘い。
結局あれから、一度も姉夫婦のところへは行っていない。姉なりに心配してくれているのだろう。疲れと、どこか心細さもあったのか。俺はすぐに了承の返事をしていた。
*****
土曜日、正午前。綺麗なマンションのエントランスで緊張しながら部屋番号を押すと聞こえた声は姉ではなく、和彦さんの優しい声だった。
「ああ、立夏くん?開けるよ」
インターフォン越しの声は相変わらず穏やかで、落ち着くと同時に無性に泣きたい気持ちになった。
エレベーターを降りて、部屋の前に着くとチャイムを鳴らすより先に和彦さんがドアを開けて出迎えてくれた。驚いてチャイムに伸ばした手が引っ込められないで目を瞬かせる俺に彼は笑いかける。
「驚かせてごめん、そろそろだと思って。グッドタイミングだったね」
悪戯っぽく笑う顔がまた胸を締め付ける。
促されてドアをくぐって玄関で靴を脱ぎ揃え「お邪魔します」と言い奥へ歩を進める。
「姉さんは?」
室内を見渡しても姉の姿がない。
「ああ、春香なら今、買い物に出てるよ。大事な材料を買い忘れたんだって」
気まずい。リビングの端に突っ立っている俺に和彦さんは笑いかけてソファに腰かけるよう勧める。
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