最低最悪の不倫 (Page 4)
「…ど、どうして…」
「はぁ…そりゃ、いきなり飛び出す上に荷物まで置いてくんだからな…きつ…」
額に汗で張り付いた黒髪をかき上げながら息を整えつつも笑みを絶やさない。この人は、本当に…。
「何があったんだ?とりあえず、中に入ってもいいかな?」
首を傾げながらカバンを差し出してくれる和彦さんからそれを受け取り、中から鍵を出してドアを開け、彼を中に招き入れた。
「あんまり、綺麗じゃないから…」
先ほどいたマンションに比べてうんと狭くて汚い。そこへ足を踏み入れる和彦さん、なんとなく、緊張するし現実離れした光景だ。
「はは、男の独り暮らしなんてそんなもんだろ」
笑いながら中に入る彼は室内を見て笑う。
「汚いどころか、生活感があまり感じられないんだが」
和彦さんの言葉はもっともだ。ここには寝に帰っているだけのようなもので、大して生活らしい生活はしていない。
ソファなんて置いていない1DKの部屋で椅子は一脚しかない。仕方なく寝室へ案内してベッドに座ってもらった。俺は床に置いたビーズクッションに座る。
「で、何があった?」
聞かれたくない。口を噤む俺を優しいまなざしで見詰めている。
「…俺にも話せない?」
あなただから話せない。
黙って俯いていると不意に暖かな感触に包まれる。彼に抱き締められていると気付くにそう時間はかからなかった。
「…な、に?」
「心配なんだ、お前のことが」
やめてくれ、俺のものじゃないんだ。それでも勘違いしてしまいそうで、気付けば口をついて言葉がこぼれた。
「…好き、なんだ」
「え?」
驚いた声。当たり前だ。
「好きって…」
「…和彦さんが、好きなんだ!」
今にもまた泣き出しそうな顔をしているだろう、その顔を上げて告げてしまった。やってしまった…。そう思ったら、俺を抱きしめる彼の腕に力がこもった。
「そう、か。…ありがとう」
フラれる。確実に引かれてるはずなのに、この腕の意味は何?
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