密事を見た部屋で超えてしまった禁断の一線
兄の桐生幸太(きりゅうこうた)と麻木千歳(あさぎちとせ)の情事を偶然にも目の当たりにしてしまった、弟の桐生圭吾(きりゅうけいご)。その時、圭吾は自身の中に眠っていた感情や欲望に気付いてしまった。それに気付いた後、圭吾が起こした行動は…?
寄り道して時間潰して帰ればよかった。
そうすればこんな感情や欲望も知らず平穏に暮らせただろうか?
そればかりが思考回路を巡った。
*****
教授の都合で、その日は早く講義が終わった。
それだけじゃない。
オレの家は呉服屋で偶然、定休日でもあった。
寄り道して時間を潰すでもなく帰路に着いた。
「ただいま」
住居スペースの玄関から、現経営者で家主でもある兄さんの応答を求めた。
だが、定休日なら返ってくるそれは珍しく戻らなかった。
リビング、兄の私室など室内を見回すも人の気配はない。
(…仕事部屋か)
こっちに居ないならそこしかない。
そう思って生活スペースを後にし、店の勝手口から仕事部屋でもある事務所に向かった。
ドサッと何かが倒れる音。
布が畳に擦れる音。
内容が聞き取れない話し声。
(やっぱ事務所か)
閉まり切ってないふすまから漏れる生活音で、兄さんの存在を悟った。
(どんな顔するかな)
足音を殺してそっと近寄って隙間を覗いた瞬間、思考回路が一時停止した。
向けた目線に入れ込んでしまった光景、それは――和服の男がスーツの男に腕を回している姿――だった。
和服の男は兄さんで、スーツの男は…名前は覚えてないけど、確か兄さんの補佐的な存在。
機能を取り戻した頭で考える間も、視線の先の2人は止まらなかった。
兄さんは裸に近い状態で、腰で乱れている和風の布は役目を果たせていなかった。
スーツの男が半端な裸体を四つん這いの体勢にすると、下腹部だけを突き出した。
ゆっくりした動きに合わせ、兄さんは頭を畳に埋めて下半身を高々と上げる。
傷やアザが1つない色白の滑らかな肌。
そして…
「っ…はぁっ…ぁっ」
僅かに聞こえる吐息混じりの声。
浮世離れした光景や、兄さんの仕草に目を離せず見惚れていた時だ。
下半身を動かしたままの男と視線が合致してしまった。
「ッ!」
唇に手を当てて零れそうになった叫びを押し殺した。
(バレた…覗いてたのがバレた)
後ろめたい気持ちで緊張が全身に走る。
兄さんにまだバレてないのが唯一の救いだった。
平静が崩れてただ焦るオレと視線を合わせたまま、男は見せ付けも優越に浸ることもなかった。
一心不乱にリズムを崩さず下腹部を動かし。
平静を装ったまま表情1つ変えず。
呼吸を乱さず言葉も発さない。
その落ち着き様は人間離れして、兄さんに従順なロボットのように見えた。
律動を受け続けて頭を畳に預けたまま、兄さんは体をしならせる。
その様子に緊張とは違う高鳴りがオレの心身を高ぶらせた。
(…嘘、だろ?)
自分の身に起きている状況に、がく然とした。
オレは知っている…この熱さの正体を。
(ダメだ、こんな欲を持っては…)
中心部を窮屈にしたまま逃げるように、この場を後にした。
兄に抱いた欲望、それは…
兄の心と体を独占したいという欲情。
*****
忘れろ。
見なかったことにしろ。
そう言い聞かせる心とは反対に、足は兄さんが居る事務所へ進んでいた。
「兄さん」
隙間なく閉まるふすまを開けながら、無遠慮に声を上げた。
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