そばにいさせて
慎二は一つ年上の春希と付き合って4年になる。二人の間には特に問題もなく、順調に関係は進んでいるように見えたが…。歳を重ねるにつれて、慎二の頭の中には大きな不安がよぎるようになる。ある日のデート、その不安は的中し、嫉妬でいっぱいになった慎二はついに春希に思いの丈をぶつけてしまう。
同士だから、なんだって言うんだ。
「…っ…嫌だ…っ、慎二」
「黙って、もう聞かない」
春希さんの首筋に顔を埋めながら、真っ赤なシルシをつけてやる。
その瞳は潤んでいて、恐怖に震えているようにも見えた。
「なに、さっきの。俺と別れたいってこと?」
「違う…っ、そういうことじゃなくて…っ」
「違わないでしょ、そういう意味でしょ」
白い首筋に舌を這わせる。
時折甘い声が漏れてきて、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
骨ばった肩が小さく震えている。
こんなに好きだって言っているのに、どうしてこんなに怯えているのだろう。
「…子ども欲しいんでしょ?作りましょうよ」
「やだ…っ…やだ…っ!」
俺は春希さんの肩をシーツに押し付けて、その両脚に跨った。
*****
いつもの公園、いつものベンチ。
他愛ない話をしながら、二人で温かいコーヒーを飲んでいた。
付き合って4年。
お互いに不満もなく、大きなケンカもなくここまでやってきた。
大学を卒業してからすぐに付き合いはじめて、もう俺も26。
一つ上の春希さんは、27になっていた。
将来を考えないかと言われたら、嘘になる。
今でこそ同性の恋愛に寛容な世の中になりつつあるけど、実際に踏み出すまでには勇気がいる。
春希さんは、きっと俺じゃなくても幸せになれる。
そんな思いを拭いきれなくて、俺は一歩を踏み出せないでいた。
足元にボールが転がってくる。
春希さんはそれを、ひょいっと拾い上げた。
向かいから走ってきた小さな少年が、俺たちの前で立ち止まる。
春希さんはそのボールを手渡して、どうぞ、と言った。
「ありがとう、お兄さん」
「どういたしまして」
にこり、と笑いあう二人。
それを見ているだけで、胸の奥が痛くなる気がした。
「…かわいいっすね、あのくらいの子ども」
「ね、いいよね。俺も子ども欲しいわ」
自分が言い出したことなのに。
返す言葉が見つからなくて、俺は思わず天を仰いだ。
皮肉を言ったつもりだったのに、その表情はとても朗らかで。
この人もいつか、家庭を持ちたいのだな、そう思った。
でも俺と一緒にいたら、春希さんは。
その先を考えてはいけない、頭の中で警告音が鳴る。
気が付けば俺は、春希さんの手首をつかんでいた。
「慎二…?」
春希さんの表情が曇る。
自分が何を言ってしまったのか、ようやく理解したようだ。
「いや…子ども欲しいって…そういうことじゃなくって…」
「じゃあ、どういうことなんですか?」
ふつふつと、怒りのような感情がわきあがる。
春希さんにこの思いをぶつけたって、仕方ない。
わかっているはずなのに、どうすることもできない。
この人を、離してはいけない。離したくない。
捕まえていないと、いけない。
そんな感情が、俺の中でぐるぐると渦巻く。
「…俺の部屋、行きましょ」
「え…っ?」
春希さんを引っ張って、俺はその場を後にした。
ベンチの上にはまだ、少しだけこぼれたコーヒーが残っていた。
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