箱庭へ続くキミの幸せ (Page 2)
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「夏鳴(かなる)、この子をお願い」
暑い夏の日、男の子が生まれた。
真っ白な病室で、彼女はその子を腕に抱える。
俺と同じ夏の季節に生まれた彼女の子どもを。
「ねえ、夏鳴。この子を彼と一緒に育ててくれないかな?」
「…隆紘に子育ては無理だよ」
「そんなことないわ。彼は少し不器用で、あなたが何よりも大切なだけよ。それにね、この子の名前は──」
子どもの名を知らせて間もなく、彼女は息子を腕に抱えたまま息を引き取った。
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俺の世界は広くて狭い。
誰の手も届かないあの場所には、明るい日差しが差し込み静かな時間を与える。
広くてきれいな部屋に閉じ込められて、俺は俺の好きな人にしか会わない。
そんな彼の愛から解放されたのは、『彼女』のお見舞いのときだけ。
出産した彼女に会う日だけ、俺は自由に外に出られる。
だけど彼女が亡くなった今、それはもう叶わない。
またあの箱庭に閉じ込められることはわかっていた。
そう思った瞬間、俺は逃げた。
彼女の子ども、『紘夏(ひろか)』を連れて…。
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「ぱぱぁ、あのお兄ちゃんだぁれ?」
「え?」
俺と手をつないで歩いていた息子の紘夏(ひろか)は、足を止めて反対の手で前を指さす。
二階建てアパートの前、塀に寄り掛かって白い息を吐く男を見つけた。
身だしなみの整った上品な風格で、年齢は同じくらいの二十代後半。
それから見覚えのある整った顔。
「ッ…たか、ひろ…?」
「たかひろ? ぱぁぱの知り合い?」
ぎゅっと小さな手を握る力を強め、一歩後ろに後ずさる。
けれど、紘夏は前を見るけど動こうとしない。
そして、彼はゆっくりとこちらを見た。
「おかえり、カナ」
その声に脳内にサイレンが鳴り響いた。
ここで騒いだら、近所迷惑になる。
紘夏も驚かせてしまうし、だからといってこのままでもいられない。
「ぱぁぱの知り合い?」
そう問いかける紘夏に近づき、目線を合わせると隆紘は微笑んだ。
「そうなんだ。…ねぇ、カナ?」
こちらを見上げる隆紘に俺はただこくりとうなずく。
この場所がバレてしまった以上、もう隠れることはできない。
それに何より、紘夏に危害が及ぶことを避けたかった。
「それじゃあおうちに一緒にはいろ? ボク、おふろにはいるからぱぁぱとお話してて!」
「紘夏くんはいい子だね。ありがとう」
「どういたしまして!」
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