それぞれの過去 (Page 3)
「ごめん、いろいろ誤解していたよ。言い訳にはなっちゃうんだけど、きみ、顔が可愛い野良だからさ、よくいる体を売る個体かと思ったんだ。その様子だと、違ったようだね」
男はまるで吐き気をなだめるように、背中を上から下に緩やかに擦った。さっきは恐ろしい行為をしてくる手だったけど、いまは温かくて優しい手だ。
「それで提案なんだけど、きみ、俺と暮らさない? あ、誤解はしないで。きみのことをペットにしたいわけじゃない。きみを保護したいんだ。施設より断然いい暮らしができることを誓うよ」
どの面下げてそんなセリフを言いやがるんだ、と男の顔を睨んだ。男は俺よりも泣きそうな顔をしていた。
「なんで、てめえがそんな顔すんだよ」
「……俺の弟がね、きみそっくりなんだよ。もうこの世には、いないんだけどね」
男の視線の先を追うと、たしかに俺によく似た顔の子供の写真があって、その前には一輪の花が添えられていた。
「……寝る場所と食うものは用意できるんだろうな」
「当たり前だよ。俺の最悪な行為のおわびに、きみの言うこと何でも聞いてあげる。あ、それと、言葉がわからないって嘘もついていたね。ごめん。ちゃんとわかるよ」
「ふん。約束破ったら、金目のモン盗んでさっさと出ていくからな」
この男の辛い表情は、何故だか俺の胸をズキンと痛めた。だから、気が向く程度にコイツに付き合うだけだ。そうさ。俺は野良だから、気ままに生きる。こいつのことも、利用するだけだ。
俺はマグカップを手に取り、それをゴクッと飲み干した。涙が入ったのか、ほんの少しだけしょっぱかった。
Fin.
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