オメガがアルファを騙る理由 (Page 2)
「薫様」
「和彦、命令だ」
でもそんなまやかしが、いつまでも続くとは思っていなかった。発情期のタイミングが少しでもずれたら治療が受けれず、バレてしまう。そんな綱渡りが通用するのは、この家のなかだけのこと。
そろそろ薫に家業の一部を任せよう、そんな話題が挙がりだしたのだ。
もし役職につけば必然的に会食等の機会が増える。そこは選ばれた者、――… つまりアルファの巣窟(そうくつ)だ。そんななかへ単身乗り込めるほどの度胸があるのかと問われればなんともいえなかった。
乗り込むことはできる、だがバレないとも限らない。
微量にまで抑え込んでいるオメガのフェロモンを、嗅ぎ分けるアルファがいるかもしれない。そうなった時薫の立場は酷く不安定になる、弱みになると。
「……薫様が、オメガ?」
「お前はアルファのはずだ、俺の項を噛め」
幼少のころから世話をしてくれていた和彦に、
「お前になら噛まれてもいい」
薫の番になって、
「お前は口が堅いからな」
――…一生秘密を共有しろ、と。
*****
「オメガが番になると、フェロモン値が落ちるらしい。それに賭けるしかない」
それは薫が治療を受けていた際に聞いた話。いま現状でもフェロモン数値は極微量にしか出ていない、それさえ打ち消せるのなら恐らくバレることはないだろう。噛み痕を隠さないといけなくはなるが、手術で隠してしまえばいい。
番になったことで支障もきたすかもしれない。だがそれよりなにより元アルファであったが故か、フェロモン値は通常よりかなり少なく、また性質的なものはアルファにも近い。そこさえ隠してしまえば今後どうとでもなるだろう。
*****
「和彦、番になれ。別に他で番を作っても俺はそれを止めることはないから安心しろ」
「……坊ちゃん」
「……懐かしいな、その呼びかたは」
幼い頃からずっと仕えてきた主人に、アルファではなくオメガになったから番になれと、そんなことをいわれるなんて思ってもよらず。
敬愛であって愛情ではないのに、番にならなくてはならない。
オメガだってある程度は自由であるべきだと思う。それでもこの家に生まれてきてしまった以上隠すほかに選択肢がない現実が、和彦の胸を痛めた。
打ち明けられるまえは、薫には薫に相応しい相手がいつか現れるものだと思っていて。幸せになってほしいと、それしか考えていなくて。
――…だけど現実は理不尽で。
薫はアルファを取り上げられ、オメガに変質した。薫は好きでオメガに変わった訳ではない。それが自分のことのように叫びたくなるほど、辛く、悲しい。
「……薫様が、望むのであれば」
「……悪いとは思ってる。だがお前にしか頼めない」
薫はほとんど性欲がないが、意図して今は治療をおこなっていないから、初めての発情期手前まできている。それは薫なりの誠意のつもりで、和彦をその気にさせようとしたらしい。
薫から微かに甘い香りがする。だがアルファの香りも混ざっていて、なんとも言えない香りだ。甘いような、和彦と同じ匂いのような。これでは運命の番を見付けることは難しそうな、複雑な匂いだ。
今後薫に誘発剤なしで発情期が来るのかはわからない、わからないが恐らくはまた治療をするのだろう。そう考えればもう発情期は来ないのかもしれない。
抱かれる気は一切なかった、と。薫は打ち明けた。それを聞いた和彦はやはり薫はオメガではなく、アルファなんだと再確認したのだ。性が変わってしまっても、性質は変わっていない、と。
だから、といってしまうと語弊(ごへい)にもなりかねないが、最初で最後のセックスを、和彦は受け入れた。
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