FLOWER
誠也には目の見えない恋人、梓がいる。二年前、ある出来事が原因で視力を失った梓と幸せな日々を過ごしていた。花が好きな梓は目が見えなくてもそれは変わらず、花が咲く庭でご飯が食べたいということもある。しかし誠也は花が好きではなかった。梓の視力を奪ったのは、紛れもない『花』だったから──。
俺には目の見えない恋人がいる。
美しく儚い彼を起こしに行くと、彼はふわりとほほ笑んだ。
花を愛でるのが生きがいだった俺の恋人、梓は二年前まで花屋の店員をしていた。
しかし店の常連客だったストーカーの男に視力を奪われたことで、一生、好きな花を視界に映すことができなくなってしまった。
『恋人がいるので、ごめんなさい』
申し訳なさそうに頭を下げて、丁寧に返答した梓に彼は酷い行いをした。
それは『これで会うのを最後にするから』と言われて、仕方なく梓が花束を受け取った一瞬のこと。
花束を受け取った瞬間に、梓は男に薬品を吹きかけられて視力を失った。
*****
「おはよ、誠也」
「おはよう、梓」
梓はベッドの上でぐーんっと背伸びをして、開いていた本を閉じた。
声をかけに行くまではベッドから降りない。
その俺との約束を梓は守ってくれている。
クローゼットから衣服を取り出して、ベッドに一つ一つ並べると梓は手探りで自分が着る服を確認した。
前後ろを確認し、安全を手探りで確認しながらゆっくりと時間をかけて着替える。
ハラハラとしながら恋人の着替えを見ていると、梓がこっちを向きながら苦笑を浮かべた。
「誠也、そんな心配しなくてもいいんだぞ」
「一回、転倒して大ケガしてるよね」
「うっ…」
ベッドに座りながら靴下を履き終えた梓に、安堵の息をようやくつく。
梓が着替えるだけでも心配してしまうのには理由があった。
去年、仕事が終わって家に帰ると、梓が倒れて意識不明になっていたことが原因だ。
転倒して頭をうったための脳震盪で、幸いなことに命に別状はなかったけれど、それ以降は一人でなにかをされることが心配で目を離すことができない。
それでも梓は『できることはさせてほしい』と、なにもかも世話をする俺に頭を下げてまで頼んできた。
シングルマザーの家庭で育ち、かつ長男だった梓は昔から世話をやく側。
それが『世話される側』になるのは辛いのだろう。
幼い頃からの付き合いだからこそ梓の性格はわかっていた。
ポジティブで能天気な性格で、目が見えなくなったときも『しょうがない』『なんとかなる』って笑える。
他人から見れば痛々しいことも、梓は心配させることはしない。
「なぁ、誠也。今日は庭でご飯食べたい」
「そういうと思ってもう準備してあるよ」
「マジ!? さっすが誠也!」
梓は笑って、俺に手を伸ばした。
その手をとると梓は立ち上がって、恋人つなぎに変えて歩き出す。
寝室からリビングまでは距離がある。
こういうときは手をつないで歩くこともルールになっていた。
過保護にされたくないのはわかる。
けれど、梓になにかあったら俺は耐えられない。
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