ブラックコーヒーにミルク
会社員であるサワタリケイゴは、ほぼ毎日のように通う喫茶店があった。美味しいコーヒーに美味しい食事は、ケイゴの心の拠りどころだった。しかし、喫茶店へ足繁く通う本当の理由は、コーヒーでも食事でもなく、〝彼〟の存在だった。彼との熱い情事が、ひと夏の思い出に変わる。
一
「どうぞ」
そっと机の上に置かれたコーヒーカップと、それを持ってきた店員を交互に見ると、その店員はにこりと笑った。
「そろそろ、おかわりが欲しいころかと。ブラックですよね」
「ああ、ありがとう。ちょうど頼もうかと思っていたんだ」
ここは週に4回ほど通っている喫茶店だ。
テーブル席がふたつに、カウンター席が八つ。
私は窓際の二人席で、ビジネスバッグと対面している。
豆には強いこだわりを持つ店主がいれたサイフォン式コーヒーの香りを吸い込んで、私はカップを口につけた。
苦くて熱い液体が喉を通るのを感じる。
会社帰りにたまたま寄ったこの場所のナポリタンとコーヒーは絶品で、気づけば足繁く通うようになっていた。
しかし、私がここに来るのは、ナポリタンとコーヒーだけが理由ではない。
カップに口をつけたままそっとカウンターを見ると、先ほどの店員と目が合う。
彼が涼しげな目で笑うものだから、私は思わずカップを落としそうになった。
——彼だ。
私がこの店に通う一番の理由。
白と青のストライプのシャツに、黒いパンツ、茶色いエプロンを纏う彼は、初めて会った日から私を見透かしたような目をしている。
「ソウタ、もう休憩していいよ。課題あるんだろう」
白いヒゲをたくわえた60代の店主が、彼に言った。
ソウタと呼ばれた彼は、もう終わったから大丈夫だよ、と優しく笑っている。
彼の名前はソウタといい、美大に通う学生らしい。
夏休みの間この店の手伝いをしていることは、叔父である店主から聞いた。
本当にいい子でね、と彼と同じ目をして笑う店主が印象的だった。
彼のことはそれしか知らない。
私は毎回、この店で軽食を食べたあと、コーヒーを2杯飲んで家路につく。
彼も私のことをそれしか知らないだろう。
「ごちそうさま」
カタカタと音が鳴る古いレジで会計を済まし、私は店を出た。
シャララン。ドア上部に取り付けられたチャイムが心地よい。
「ありがとうございました、またお待ちしております」
彼がにこりと微笑むと、私は胸が痛くなるのだ。
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