籠の中の猫
ドラマや映画でも度々描かれるヤクザの世界。そのヤクザに捕まったら、一貫の終わり。どんな恐ろしいことが待っているかわからない―――誰もがそう思う世界に生きるヤクザに気に入られてしまった大学生。見た目は強面、でも気に入ったら猫可愛がりのそのヤクザに絆され溶かされる。
俺は現在、今まで生活していたアパートではなくヤクザの組のお屋敷に、しかも若頭の自室に一緒に住んでいる。
この眉間のシワが深く刻まれた30代半ばのヤクザの若頭と出会ったのは、一ヶ月前の土砂降りの雨の日。
その日、大学生である俺はいつもよりバイトの退勤時間が遅く、もうすぐ日付が変わりそうな時間帯に帰路についていた。
夜遅くにも関わらず周りが騒がしい、というよりも地面を叩く雨の音以外に何の音もしない住宅街にいくつかの怒声が響き渡っている。そして、道路を濡らす雨水を踏み鳴らし走り回る足音。いくら俺が男でも、事件に巻き込まれる可能性はなきにしもあらず。
湧き上がる少しの恐怖心に歩みを早めようとしたその時、すぐそばの路地からゴミ袋が崩れるような音が聞こえた。
やめておけばいいものを、好奇心に負けて俺はその路地を覗き込んでしまった。
微かな月明かりしか差し込まない薄暗い路地。ゴミ袋に埋もれるように倒れ込んでいたのは、見るからにヤクザだった。怪我をしてあらゆる所から血を流し、顔をしかめている。
ヤクザは怖い。でも、このまま放っておいたら死んでしまう。
そう思ったら、自然と体が動いていた。
「ちょ、ちょっと!大丈夫ですか?!いや、大丈夫じゃないよな…そ、そうだ!救急車!」
「っ…待てや…救急車なんか呼ぶんじゃねぇぞ…俺はカタギじゃねぇ。面倒事になんだろうが。つか、テメェ何なんだ…とっととどっか行け」
「た、確かに…いや!そんなこと言ってる場合じゃないだろ!とりあえず、消毒くらいはできるから!」
そうして口では強がっているものの、だいぶ傷が痛むのか体力を消耗しているのか、さほど抵抗をしないその男を無理やり背負い再び帰路についた。
これが、俺とこのヤクザの若頭との出会い。
この男の名前は、鳳 獅童(おおとり しどう)。
黒髪にオールバック、彫りが深くて男の俺でも格好いいなと感じる顔。
出会った時は高そうなスーツを着ていたけれど、今はファストファッションの店で適当に買った俺のスウェットを着てもらっている。
俺は、この獅童さんを回復するまで大学近くの一人暮らしをしているアパートで世話をした。
最初こそ悪態をついたりしてきたが、一週間もすると今日の食事は何か聞いてきたり、不器用ながら俺に恩を感じているのか家事を手伝ってくれるようにまでなった。
むしろ、初対面の時とは見違えるくらい俺のことを可愛がってくれる。
最初は怖かったけれど、何だかんだ獅童さんとの生活は楽しかった。
そんなある日、そろそろ組に戻る。いずれ礼をしに戻ると言い残して、獅童さんはこの部屋から出ていった。
また一人になった部屋、途端に襲ってくる寂しさ。
獅童さんがいないことが寂しい。
無造作に頭を撫でてくれる無骨な手、機嫌よくビールを飲んでいるときに組んでくるたくましい腕。バイト先での愚痴を聞いてくれているときの優しい眼差しと、耳に心地よく染み入るような深い声音。
あぁ…好きだ。獅童さんが好きなんだ。
男を好きになるのは初めてで戸惑いもあるけれど、何よりも彼が恋しい。
俺は、彼が着ていたほのかに残り香のするスウェットを抱いた。
その香りに自分の下半身が熱くなっていくのを感じる。
耐えきれなくなり、パンツの中に手を入れてすでに主張を始めている自身に触れた。
その瞬間、自分でもひくりと腰が揺れてしまうのがわかり、こんな自慰は初めてで羞恥心が湧き上がる。
それでも獅童さんのことを、獅童さんの無骨で優しい手を思い出すとそれを扱く手が止まらなかった。
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