【悲報】飼い犬に童貞処女を奪われました! (Page 4)
「僕って本当にダメな奴だなぁ…」
誰と食べるでもない昼食を持って、中庭へと出る。僕が通う学校はミッションスクールで、異文化交流の機会も多い。学長もヨーロッパ出身だからか校舎は豪華なバロック建築を取り入れているし、色とりどりの花が咲く中庭に、ボート部が数隻船を出せるくらいの人工池が併設されていて、まるでレジャー施設みたいなんだ。中でも僕のお気に入りは池が見える白いベンチで、そこに座って1人、お母さんのお弁当を口に運ぶというのがルーティーンだった。
――まぁ、目的はそれだけじゃないんだけどね。
ギーコ、ギーコとボート部が練習に精を出している姿が目に映る。そして、その向かい側に立ち、メガホン片手に檄(げき)を飛ばしているのが、僕の意中の人――金崎清音(かねさききよね)さんだった。漆黒のロングヘアは腰まで真っすぐ伸び、決して誇張しすぎない自然体な化粧に、キラキラとした笑顔が眩(まぶ)しい。極めつけは…。
「小野くんは1人で飛ばしすぎ!ボートはチーム戦でしょ。それと…佐々木くんはもっと体力をつけなきゃ。後半バテていたの、私見てたんだから。真矢くんは声が小さいし、奈良くんは…」
ボート部のマネージャーである彼女は、部員1人1人の動きを見逃さないように目を凝らし、彼らの背中をバンバンと叩(たた)きながら、改善点なんかを的確に伝えている。
「そんなんじゃ、次の試合にも勝てないよ!」
僕は清楚(せいそ)な容姿と、体育会系なノリとのギャップにすっかり夢中になってしまっていたのだ。
*****
「あぁ~!今日も清音さんは可愛いかったなぁ…」
夕暮れ時、帰宅した僕は真っ先にガレージへと向かう。中には3年前、従兄弟の飼い犬が出産した時に、引き取り手が見つからなくて譲り受けた僕の家族――ゴールデンレトリバーのロンがいるのだ。
昔から犬が飼いたかった僕は、いい歳だったのに大喜び。両親は彼を番犬として外飼いにする予定だったみたいだけど、ロンは僕にとって歳の離れた弟のような存在。温度変化の激しい外に野ざらしになんかしておけないと、お父さんのガレージを大改造して、立派なロンの部屋を作り上げたのだった。
彼を見守る監視カメラに、暖房・冷房まで完備。ここの光熱費と、ロンのエサ代は僕がアルバイトで稼いでいるんだ。それなら、誰にも文句を言われないしね。けど、こんな素晴らしい生活を送っているのに彼ったら困った癖があった。
夜鳴き、だ。
それを止めるためには、飼い主の香りがついたものを傍に置いておけだとか、構ってしまうと、甘え癖がついてダメになるだとか書かれたネット記事を読んだり、両親にも『放っておけば、その内疲れて寝るさ』なんてあしらわれたけど、鳴いている彼を独りにしておけなくて、僕はまだ小さかったロンをパジャマの中に隠して夜な夜な自室のある2階へと連れていき、一緒に眠った。
例え彼がベッドの中で用を足しちゃって、お母さんに怒鳴られても、全部僕がしてしまったことにして、一緒に眠るのを止めようとはしなかった。僕と一緒にいるとロンは無駄吠えしなかったし、幸せそうだったから。
ベッドの中で、僕は彼のモフモフとした毛並みに顔を埋(うず)めたり、前足を握り、手をつないだ気分で語り合った。だってロンは弟だから、一晩中おしゃべりしていたいんだもん。けれど、僕は犬の成長スピードを把握していなかった。日に日に大きくなっていくロン。その内、抱えきれなくなるばかりか、自らトテトテと軽快に歩いて2階へ上がっていき、勝手にベッド内へと潜り込むようになっちゃったんだ。
大型犬は人の7倍のスピードで歳を取っていくと知ったのは、最近になってからなんだけど…。
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