その王弟、臆病につき (Page 2)

ふと目蓋(まぶた)に明るさを感じて目を開けたヒュールは、オーリがまだ隣にいることに気づいた。寝顔を見るのは、初めてだ。彫刻のように美しい寝顔に目を凝らすと、細かい傷が見て取れる。薄い上掛けの下にある体には、もっと多くの傷痕があると知っていた。右肩から右腕にかけては特にひどい。くっきりと痛々しい線が残っている。いったいどれだけの死線を潜り抜けてきたのだろうと、ヒュールには想像するほかない。この人がいて、この国がある。そう思えば、平民たる自分がこうして隣にいるのが、不思議で仕方がない。ヒュールは眠るオーリを見つめながら、彼と会った日のことを思い出していた。

*****

あの日は、よく晴れた休日だった。
ヒュールは遠い北国の出身で、家族はもういない。一年ほど前に近隣国との争いを治め、随分と住みやすくなったと聞き、この国にやってきた。国軍を率いた救国の英雄は、王の弟らしい。連戦連勝、輝かしい経歴に尊ばれ、さぞや民に愛されていると思いきや、銀色の悪魔と恐れられていると聞いて驚いた。それほど非情なのか、あるいは悪鬼のような外見か。そのときは少し気になったが、新しい生活の前にすぐに忘れてしまった。
休日の楽しみは街の散策で、その日も、いくつかの店を冷やかして、すれ違う知り合いに挨拶をして――ちょうど市場に差しかかり、小腹が空いたなと屋台の品を物色していた。ふと目が留まったのは、総菜パンを売る店先に立つ、すらりとした体格の、ローブをまとった一人の男。対するのは顔見知りの店主だった。
「悪いが、隣国の金は使えねぇんだ」
店主は頭をかき――ふと、ヒュールと目が合った。こいこい、と招き、どうにかしろと視線で訴える。男の手に金色が見え――、ヒュールはフードを目深にかぶった男の正体をいろいろと察して、懐から軽い財布を取り出した。
「お兄さん、どれが食べたいか教えてよ」
屈託なく笑って見せると、男が一瞬たじろぐ。代わり店主が張り切って答えた。
「さすがヒュール! 兄ちゃんは真ん中のやつだな」
「俺も食べるから、二つね。あげイモもちょうだい」
男が黙っているのをいいことに会話は進み、瞬く間にヒュールの手には総菜パンとあげイモの袋が収まっていた。
「――さ、行こっか」
にこっと笑いかけると、数拍ののち、ローブの下から見える形のよい唇が緩む。二人は連れ立って、雑踏する市場を歩き出した。

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