その王弟、臆病につき (Page 3)
「……悪かったね」
人を避け、市場を離れたベンチに腰かける。謝る男にヒュールは軽く笑って、購入したパンを手渡した。隣国の貨幣とこの国のそれはよく似ていて、普段金を持ち歩かない貴族は、いざ使う段になって間違いに慌てることがあるという。
「こう見えて俺、けっこう高給取りなんだよ」
冗談めかして言えば、
「……驚いた。成人してるの?」
冗談ではなく真実驚いた様子に、ヒュールは顔をしかめる。己の童顔を、割と気にしているのだ。
「顔を隠しているあんたに言われたくないっ」
いつにない反射神経を繰り出し、男の目深にかぶったフードをめくる。男がハッとしたのも時すでに遅く、ヒュールは男の素顔を目の当たりにし―――その美しさに瞠目(どうもく)した。肩上で波打つ艶やかな銀髪、浅黒い滑らかな肌色に、吸い込まれそうな紫の瞳。形のよい眉とアーモンド形の目に、高くまっすぐに伸びた鼻梁(びりょう)。
「………」
「………」
互いに見つめあい、――ヒュールの反応は早かった。どくん、と心臓が跳ねて、じわりと頬が火照り、顔が赤くなったのを自覚し、慌てて両手で顔を覆う。目の裏に、男の顔が焼き付いて離れない。
「……っわっ、なんだこれ、やば、顔、あつっ…くそっ」
どうにか熱を冷まそうとヒュールが慌てている間に、男は深々とフードをかぶりなおした。一人バタついていると、そろりとフードをあげて、心底不思議そうな声で問いかけてくる。
「……その顔、もしかして、照れてる、の?……その、僕を」
「てっ、照れるよ! だってそんな、そんな…言っちゃ悪いけど、村一番の美人が霞んで消えたよ! むちゃくちゃ驚いたっ」
誰が見ても…、な反応をしている自分が恥ずかしくて、男の言葉を遮ってまくしたてるヒュールに、男はぽかんと間抜けな顔をする。
「…驚いたのは、僕のほうだ」
そうこぼした男の頬も、赤らんで見えたような気がした。
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