その王弟、臆病につき (Page 4)

「ふふっ」
初めて会ったときは、貴族としか思わなかった。我ながらかなわぬ恋をしたものだと落ち込んだことが、今は懐かしい。思わず笑みがこぼれた。
「僕の顔、面白い?」
眠っているはずのオーリが、からかうようにそう言った。寝たふりだったと瞬時に悟ったヒュールがムッとした顔をすれば、緩慢な動きで覆いかぶさって、不機嫌にとがった唇に軽く口づけした。薄く開かれた唇から舌が侵入し、ヒュールのそれと交わった。絡まる脚の付け根に硬いものが当たり、びくりと震えたヒュールに、オーリは名残惜しそうに体を浮かせた。じろりとにらまれて、苦笑する。
「ヒュールがあんまり見つめてくるから、……ねぇ、だめ?」
「だ、だめ…」
「じゃあ、しばらくぎゅっとしていい?」
甘くねだる男は年上のくせに、もだえるほどかわいいときがある。
「…ん」
照れてうつむいたヒュールの体を、オーリは二本の腕で引き寄せる。素肌が触れあい、硬い指の腹が背中を滑り、尻をなでたところでつねられた。
「……少しくらい、いいでしょ」
叱られた子供のような態度に、ヒュールは思わず笑ってしまった。愛しい気持ちがあふれ、ななだめるように肩に腕を回すと、不意に傷痕に触れた。つるりとしたそれをなでれば、オーリの顔が不自然にゆがむ。
「…あんたの体、冷たくて、いいな」
「傷だらけだよ」
「こうするだけで、あんただってわかる」
「だから、いいの?」
この傷があるから、たとえ暗闇の中でも、誰に抱かれているかすぐにわかる。この部屋を出れば、平民の自分と遠く隔たりのある存在が、とても身近に感じられて、
「――…。……すごく好き」
ささやくよう告げたヒュールに、オーリは無言で襲いかかった。

*****

市場で別れた二人の、二度目の出会いは思いもしない形でもたらされる。
――仕事帰り、明らかに軍人らしき体格の男たちに拉致されたのである。
「おい、本当にこいつか? こう、特徴がないというか、平凡だな」
「平凡は同意だが、名前も確かめたし、殿下のおっしゃるとおり黒髪だ」
目隠しをされ、馬車でどこかへ運ばれる最中、ヒュールは男たちの失礼な会話に耳を傾け、高貴な人の戯れに巻き込まれたようだと察した。連れていかれた先には、忘れられない美貌の男。
「やあ、また会ったね」
立派な屋敷、屈強な軍人らしき男たち、立派な屋敷、“殿下”――。
市場で会った一目ぼれの相手は、「銀の悪魔」と呼ばれ、悪名高い、この国の王弟だと気づいた。

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