あなたの猫になりたい (Page 3)
目覚めてすぐ、はっとした。密かに出ていこうと思っていたのに、いつの間にか眠ってしまったようだ。金曜日の夜に課長の部屋にお邪魔して、カーテンの隙間から差し込む光は――たぶん朝日だろう。すぐそばに転がっていた課長の姿はない。
「……」
リビングで雑魚寝をしたせいか、少しだるさの残った体を起こし、違和感――さらりと腰元へ滑り落ちる上掛けを、僕は呆然と見下した。上半身はおろか、下半身も裸のまま、露出を隠すようにかけられたタオルケット。いったい誰が――と考えるまでもない。
「……」
視線を感じて、キッチンのほうへ顔を向けると、課長の苦い顔が見えた。はだけたシャツに部屋着のズボン姿。コーヒーのいい匂いが漂ってくる。
「……おはよ」
「おはよう、ございます…」
おずおずと、タオルケットを胸まで引き上げる。人生で一番の気まずさ。課長の猫になりましょうと言ったあのときの自分よ、どうにかしてくれ。とりあえず、「このタオルケットは洗って返します」が無難か。いや、ダメだろ。ぐるぐる考えていると、ぷっと噴き出す声が聞こえた。
「おまえ、顔に出過ぎ…。俺のほうが気まずいだろ、――その、いろいろしたし…」
「いえ、あの、気持ちよくしてもらったのはこちらなので…」
動揺のあまり馬鹿正直に答えれば、盛大なため息をもらってしまった。困っているのだろうか。いや、困るだろう普通。酔ったテンションとは、本当に恐ろしい。
「おまえさ…、そんな姿で、気持ちよくって、――朝から誘ってるわけ?」
「さそ…」
鈍い頭に言葉の意味が伝わって絶句する僕に、課長は優しい笑みをこぼした。その顔は弱った心にはまずい。思わず視線を外すと、課長は無言で近づいてきた。布一枚の僕は、逃げようにも立つことさえはばかられて、結果、隣に座り込んだ課長に顔をのぞきこまれてしまった。耳まで熱い、この状況――。
「……俺のこと、好き、なのか」
ぶわ、っと体中に熱が湧いて、無性に泣きたくなる。なぜばれた。
*****
「ほら、とりあえずぐっといけ」
黙り込んだ僕に、課長はコーヒーをいれてくれた。反射的に受け取れば、タオルケットがはらりと落ちて、上半身があらわになる。
「っ」
いや、男のくせに上半分が見えたからって動揺するほうがおかしいだろ。――でも、胸を舐める課長の姿がちらついて、いやおうなしに昨夜の官能がぶり返す。課長は盛大なため息とともに、僕のコーヒーを奪い取った。A定食とB定食に迷って、結局C定食にしたときのように、がしがしと頭をかいて、うなる。
「~~っ、あー、ダメだっ。悪い、あとでいくらでも反省するからっ」
「へ?」
瞬きする間に、僕はその場に押し倒された。
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